KNOWLEDGE

ナレッジ

TOP / ナレッジ / 第3回:社外取締役の「質」とは何か|有識者から監督者へ

第3回:社外取締役の「質」とは何か|有識者から監督者へ

【はじめに】

貴社の社外取締役の経歴を、3人分並べてみてください。そこに「事業を経営した経験」は何人分あるでしょうか。2026年7月に確定したコーポレートガバナンス・コードの改訂は、社外取締役の人数や比率ではなく「質」に照準を合わせました。求められているのは、社外の有識者を迎えることではありません。その顔ぶれで本当に経営を監督できるのか、という一点です。

【第1章】改訂が「数」から「質」へ舵を切った

1. 原則に書き込まれたのは「質」だった

金融庁が公表した改訂の概要によれば、取締役会の機能強化に関して、経営の監督を行うことを含めた独立社外取締役の果たすべき役割・責務、質と数の確保、独立性の確保の重要性が、原則および解釈指針で強調されました(注1)。

注目すべきは、この論点が改訂作業の初期から繰り返し取り上げられていたことです。有識者会議では第1回会合で社外取締役の質の向上の必要性について複数の意見が寄せられ、それを受けて趣旨の明確化が図られたと事務局が説明しています(注2)。

独立社外取締役の人数と比率は、この10年で大きく改善しました。数をめぐる議論はすでに一段落し、論点は中身に移っています。

2. 「助言」から「監督」へ

議事録を読むと、そこで語られた「質」の中身がはっきりと見えてきます。

投資家側のメンバーからは、日本では社外取締役の主たる役割が助言者・貢献者として理解される傾向があるが、基本原則が明示しているのは独立した立場からの監督であり、社外取締役の第一義的な責任は監督であって、助言は第二義的なものだという意見が述べられました。改訂案において「助言」に関する記述の位置づけが下げられたことについても、助言が主たる役割ではないというメッセージだと評価する発言があります(注2)。

さらに踏み込んだ意見も示されています。平時に社外取締役が果たすべき役割は、個別の業務執行の細かな点に助言することではなく経営を監督することであり、有事において経営陣に不適切な振る舞いがあった場合には、その解任を決めることこそが最大の使命である、という趣旨の指摘です。あわせて、実務では役割・責務を十分に認識していない社外取締役も見受けられるという現状認識も語られました(注2)。

── 図表1:社外取締役に期待される役割の転換 ──

局面これまで広く共有されてきた理解改訂が示す方向
平時専門的な知見に基づく助言・貢献経営の監督。助言は第二義的な位置づけ
有事法的リスクの指摘と手続の適正確保企業価値に照らした判断。必要であればCEOの交代の決定
求められるもの専門分野に関する知識経営判断そのものを評価できる経験と資質

【第2章】「有識者取締役会」はなぜ監督できないのか

1. 個人の資質ではなく、構成の問題

はじめに、誤解のないように申し上げておきます。法学者や弁護士、官庁出身の専門家には、法務、コンプライアンス、制度、技術、政策といった確かな専門性があります。個人として社外取締役にふさわしくない、という話ではまったくありません。むしろ規制産業やグローバル展開を進める企業にとって、こうした知見は不可欠です。

問題は、一人ひとりの適格性ではなく、取締役会という合議体の構成にあります。たとえば社外取締役3名が、いずれも次のような状態にある場合を考えてみてください。

  • 事業会社の経営に責任を負った経験がない
  • 損益やキャッシュフローの結果責任を負ったことがない
  • 大規模投資や事業撤退を自ら意思決定したことがない
  • CEOの選解任や経営危機に当事者として立ち会っていない
  • M&A、海外事業、DXなど会社の重点戦略を実行した経験がない

一人ひとりが各分野の第一人者であっても、この5つがすべて欠けた顔ぶれになったとき、取締役会は特定の方向にしか目が利かなくなります。専門性が高いことと、監督の視野が広いことは、別の問題です。

2. 何を指摘でき、何を指摘できないのか

このような構成の取締役会でも、法令違反や手続上の不備は的確に指摘できます。むしろ、その領域では高い精度を発揮するでしょう。開示の適法性、利益相反の有無、決議手続の瑕疵といった論点で、専門家の目は確実に働きます。

弱くなるのは、経営そのものに対する監督です。具体的には、次のような問いが取締役会で立ちにくくなります。

  • その投資は、本当に資本コストを上回るのか
  • この事業からは、そろそろ撤退すべきではないか
  • CEOを交代させるべき局面に来てはいないか
  • もっとリスクを取って、成長投資に踏み込むべきではないか

これら4つの問いに共通するのは、正解が法令にも社内規程にも書かれていないということです。適法かどうかを判定するのではなく、経営判断そのものの当否を評価しなければなりません。そしてその評価には、同種の意思決定を自ら下し、その結果を引き受けた経験が要ります。

たとえば「この投資は資本コストを上回るか」を問うには、事業計画の前提数値がどの局面で楽観に振れやすいかを知っている必要があります。「撤退すべきではないか」と切り出すには、撤退の判断が現場と取引先に何をもたらすかを引き受けた経験が要ります。いずれも、資料を読み込むだけでは届かない領域です。経験の裏づけがないまま踏み込めば、それは監督ではなく感想になってしまう。多くの社外取締役が、その一線の手前で発言を控えているのが実情ではないでしょうか。

3. 「有識者を置く」から「監督できる取締役を置く」へ

この構造は、有識者会議の議論からも間接的に裏づけられます。

日本企業でCEOが解任されることはほぼ皆無であるという認識を前提に、原則の表現をより実現性のあるものへ改めてはどうかという意見書が提出されました(注2)。監督の最終手段が事実上ほとんど使われていないという現実が、そこには表れています。

また、取締役会に必須のスキルとしてコーポレートファイナンスを挙げたうえで、これは2、3人いればよいというものではなく取締役会のメンバー全員が備えるべき必須のスキルである、という意見も示されました(注2)。専門性を分担すれば足りるという発想では届かない領域がある、という指摘です。法務は法律家に、財務は会計士にと割り振った瞬間、投資判断を全員で評価する土台は失われます。

なお改訂案では、経営経験を有する者を取締役会に迎えることに関する内容が盛り込まれ、有識者会議でも賛意が示されています(注2)。方向性は明確です。今回の改訂が求めているのは、社外の有識者を置くことではなく、経営を監督できる取締役を置くことにほかなりません。

── 図表2:欠けている経験と、弱まる監督 ──

欠けている経験取締役会で問われる判断欠けたときに起きやすいこと
損益・キャッシュフローの結果責任その投資は資本コストを上回るか数値の説明を受けるだけで審議が終わる
大規模投資・事業撤退の意思決定この事業を続けるべきか撤退の提案が現場から上がるまで議題にならない
CEOの選解任・経営危機の経験経営陣を交代させるべき局面か業績不振が続いても人事の議論が始まらない
M&A・海外事業・DXの実行その重点戦略は実行可能か計画の実現可能性を検証する視点が働かない

【第3章】「質」を設計するための3つの論点

1. 論点①:スキルマトリックスは「質」を測れているか

多くの企業がスキルマトリックスを開示しています。しかしその多くは「企業経営」「財務・会計」「法務・リスク管理」といった項目に印を付ける形式で、その印が知識を指すのか、責任を負った経験を指すのかは区別されていません。

有識者会議では、スキルだけでなく「資質」に着目した記述が今回の改訂に含まれている点を評価する発言がありました。あわせて、有事に問われるのは取締役としての行動規範への理解と、定量的な企業価値算定・評価の能力である、という指摘も示されています(注2)。

実務に落とすなら、スキル項目に「深度」の軸を加えることです。当該分野について知識を有するのか、外部の立場から助言した経験があるのか、自ら意思決定して結果責任を負ったのか。この3段階で整理し直すと、取締役会全体としての偏りが一目で見えるようになります。

2. 論点②:誰が候補者を連れてくるか

質は、選び方の裏返しでもあります。

経済産業省の委託調査によれば、プライム市場・スタンダード市場における社外取締役の登用の経緯として、社長・CEOによる紹介が62%を占めています(注3)。社外取締役本人に自身を指名した主導者を尋ねた調査では、65%が当時の社長・CEOと回答し、指名委員会と答えた割合は6%でした(注4)。

社長が候補者を知っていること自体は問題ではありません。人脈は貴重な情報源です。問題は、監督される側が監督する側を選ぶ流れが、実質的なまま残っていることにあります。有識者会議でも、プライム市場の上場会社は法定または任意の指名委員会を通じて経営陣・取締役候補者を決定すべき旨を明記してはどうか、という意見が示されました(注2)。

打ち手は3つです。第一に、求めるスキルと経験の要件を、個人名より先に定義すること。第二に、候補者の探索経路を社長人脈の外にも広げること。第三に、指名委員会が提示された候補を追認するのではなく、要件との適合を独立に評価すること。この3つが揃って、はじめて指名プロセスは説明可能なものになります。

3. 論点③:監督できる状態を支える機能

顔ぶれが整っても、それだけで監督が働くわけではありません。どの議題が上がり、どんな情報が事前に届くかを実質的に決めているのは、取締役会事務局です。

今回の改訂では、取締役会の審議の活性化に向け、議長や独立社外取締役を含めた取締役を支援する事務局(コーポレートセクレタリー等)の機能強化を推進すべき旨が解釈指針に追記されました(注1)。取締役会事務局がコードに明示的に位置づけられたのは、今回が初めてです。

有識者会議では、この記述を解釈指針ではなく原則の本文に置いてはどうか、という意見も出ています。有事に取締役会が迅速かつ的確に判断するには、平時から事務局が議題を設計しておくことが不可欠だから、という理由です(注2)。

── 図表3:スキルマトリックスに「深度」の軸を加える ──

レベル1:知識

当該分野について体系的な知識を有している

レベル2:助言

外部の立場から、当該分野の意思決定に助言した経験がある

レベル3:責任

自ら意思決定を行い、その結果に責任を負った経験がある

【結論】企業として取るべきアクション

社外取締役の質は、開示された肩書きではなく、取締役会で実際に交わされる問いの質に表れます。着手すべき打ち手を5つに整理します。

  1. 取締役会の経験構成を棚卸しする:損益責任、大規模投資・撤退の意思決定、CEOの選解任、重点戦略の実行という4つの経験について、社外取締役の誰が保有しているかを一覧にします。空欄が並ぶのであれば、それがそのまま次の候補者要件になります。
  2. スキルマトリックスに深度の軸を入れる:知識・助言・責任の3段階で整理し直します。開示の形式を変えることが目的ではなく、指名委員会が議論するための土台として使うことに意味があります。
  3. 候補者要件を個人名より先に定義する:求める経験・資質・時間的コミットメントを文書化し、そのうえで探索します。順序を逆にしないことが、指名プロセスの独立性を担保する最小限の条件です。
  4. 有事の行動規範を平時に決めておく:経営陣の交代を検討すべき局面とはどのような状態か、誰がその議論を起動するのかを、あらかじめ定義します。有事に初めて考え始めたのでは間に合いません。
  5. 事務局に議題設計の役割を与える:年間アジェンダの設計、審議すべき論点の抽出、議題ごとの時間配分を担わせます。人員を増やすことではなく、権限と情報へのアクセスを与えることが打ち手になります。

── 図表4:打ち手と着手時期の目安 ──

打ち手主な担い手準備期間の目安
取締役会の経験構成の棚卸し指名委員会・取締役会事務局1〜2カ月
スキルマトリックスの再設計指名委員会・人事部門3〜6カ月
候補者要件の定義と探索経路の拡張指名委員会6カ月〜1年
有事対応の行動規範の整備取締役会・法務部門3〜6カ月
事務局への議題設計権限の付与経営トップ・事務局責任者6カ月〜1年

【注釈】

(注1)コーポレートガバナンス・コードの改訂(2026年)の概要|金融庁|2026年7月|https://www.fsa.go.jp/news/r7/singi/20260721/04.pdf

(注2)「コーポレートガバナンス・コードの改訂に関する有識者会議」(令和7年度第2回)議事録|金融庁|2026年2月|https://www.fsa.go.jp/singi/revision_corporategovernance/gijiroku/260226.html

(注3)令和5年度産業経済研究委託調査事業(日本企業のコーポレートガバナンスの実質化に向けた実態調査)|野村総合研究所(経済産業省委託事業)|2024年3月|https://www.meti.go.jp/policy/economy/keiei_innovation/keizaihousei/corporategovernance/R5_itakuhoukokusho.pdf

(注4)2020年度コーポレートガバナンスに関するアンケート調査|PwCあらた有限責任監査法人(経済産業省委託事業)|https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/thoughtleadership/corporate-governance-survey.html

(注5)コーポレートガバナンス・コード(2026年改訂版)の確定について|金融庁・株式会社東京証券取引所|2026年7月|https://www.fsa.go.jp/news/r7/singi/20260721.html

【参考ソース】

弊社では、取締役会の監督機能の実質化について、取締役会の経験構成の棚卸しとスキルマトリックスの再設計、社外取締役の候補者要件の定義と指名プロセスの整備、有事対応を含む取締役会の年間アジェンダ設計、事務局の役割定義と体制構築までをご支援しております。形式的な実効性評価にとどまらず、経営判断を監督できる取締役会の実現を伴走支援いたします。
コンサルティングや研修、取材等のご依頼は以下よりお問い合わせください。

←ナレッジ一覧へ戻る

CONTACT

まず、課題をお聞かせください。

プロジェクトのご依頼、提供サービスに関するお問い合わせ、料金のご相談、事業承継のご相談まで、内容を問わずお受けします。