【はじめに】
2026年7月21日、コーポレートガバナンス・コードの改訂版が確定しました。原則の数は83から30へ。数字だけを見れば、企業の負担は大きく軽くなったように映ります。しかし、今回の改訂対応で重要なのは、30原則への記載変更ではないと考えています。2027年7月末の報告書提出時点で、各社が「検討中」ではなく「運用実績」を説明できる状態をつくれるかが重要な論点となります。
【連載インデックス】
- 第0回:CGコード2026年改訂 完全ガイド|6論点と着手順
- 第1回:CGコード2026年改訂への対応ロードマップ|2027年7月末から逆算する6論点×6つの診断軸(本記事)
- 第2回:CGコード改訂の本丸は資本配分|成長投資の説明責任
- 第3回:社外取締役の「質」とは何か|有識者から監督者へ
- 第4回:有報3週間前開示|総会を動かすか、決算を早めるか
【第1章】確定した改訂と、その構造的な意味
1. 予定から確定した締切へ
2026年7月21日、金融庁と東京証券取引所はコーポレートガバナンス・コード(2026年改訂版)を確定し、公表しました(注1)。改訂案に対しては147の個人および団体から意見が寄せられており、それらを踏まえた最終版です。同日、東京証券取引所は有価証券上場規程の一部改正を施行しています(注2)。
実務上、最も重要な数字は「2027年7月末日」です。改訂後のコードに基づくコーポレートガバナンス報告書の提出期限が、この日に置かれました(注3)。ここから逆算すると、2026年度中に制度設計と試行運用を終えていなければ、報告書には「これから検討します」としか書けません。着手を判断できる期間は、実質的にこの一年しか残されていないということになります。
2. 三層構造から二層構造へ
今回の改訂の骨格は、内容の追加ではなく構造改革にあります。従来の「基本原則・原則・補充原則」という三層83項目から、「基本原則・原則」の二層30項目へと整理されました。削られた補充原則の多くは、新設された「解釈指針」へと移されています。
ここで見誤ってはならないのは、解釈指針がコンプライ・オア・エクスプレインの対象ではない、という点です。金融庁の資料は、コンプライ・オア・エクスプレインの対象となる原則の内容を概念的かつ抽象的なものに限定したうえで、各原則への対応を支援するための具体的な内容や趣旨を解釈指針に記載した、と説明しています(注4)。つまり説明義務の対象が減ったのであって、期待される取組が減ったわけではありません。
── 図表1:改訂前後の構造比較 ──
| 項目 | 2021年改訂版 | 2026年改訂版 |
|---|---|---|
| 構造 | 基本原則・原則・補充原則の三層 | 基本原則・原則の二層+解釈指針 |
| 項目数 | 83項目 | 30項目 |
| コンプライ・オア・エクスプレインの対象 | 全項目 | 基本原則・原則のみ |
| 具体的な取組の記述 | 補充原則に明記 | 解釈指針に移管(説明義務の対象外) |
| 序文 | なし | 新設(コードの趣旨・精神を再周知) |
【第2章】スリム化がもたらす説明責任の反転
1. 序文が求めた丁寧なエクスプレイン
今回、コードには序文が新設されました。そこには2つのことが明記されています。ひとつは、コードが市場における中長期の投資を促す効果をもたらすことも期待されていること。もうひとつは、原則をコンプライする場合・しない場合のいずれであっても、その理由を丁寧に説明することが投資家との建設的な対話に資するということです(注4)。
後者の意味は重いものです。従来、多くの企業にとってコンプライとは「実施しています」と記載することでした。しかし原則の記述が抽象化された以上、「実施しています」だけでは何も伝わりません。何を、なぜ、どのように実施しているのかを自社の言葉で書けるかが問われます。項目数が減ったことで、一項目あたりに求められる説明の密度は、むしろ上がったと考えるべきです。
2. なぜ企業が動き出さないのか
とはいえ、多くの企業で対応はまだ動き出していません。理由は意思の欠如ではなく、構造にあります。
今回の改訂が触れている領域は、経営資源の配分、取締役会の機能強化、リスク管理体制、有価証券報告書の株主総会前開示、ステークホルダーとの適切な協働と、広範囲にわたります(注4)。これらは所管部署が異なります:資本配分はCFOと経営企画、取締役会は事務局、リスクは全社リスク管理部門、開示は経理とIR。コード対応を法務・総務の仕事として一部署に預けた瞬間、この改訂は動かなくなります。
そして、着手が遅れる企業に共通するのは、現在地が可視化されていないことです。「うちは一定程度できているはずだ」という感覚はあっても、論点ごとに、方針・責任主体・業務プロセス・KPI・取締役会による監督・開示のどこまでが整っているかを、誰も一覧で答えられない。この状態では、優先順位の決めようがありません。
── 図表2:対応状況を測る6つの軸 ──
| 軸 | 確認する問い | 「不十分」になりやすい兆候 |
|---|---|---|
| 方針 | 経営として何を目指すかが文書化されているか | 議論はしたが、決議も文書化もされていない |
| 責任主体 | 担当する役員と主管部門が特定されているか | 関係部署で連携と書かれ、主語がない |
| 業務プロセス | 定常業務として回る手順になっているか | 年に一度、開示直前に有志が集まって対応している |
| KPI・モニタリング | 進捗を測る指標と報告頻度があるか | 指標はあるが、経営会議に上がってこない |
| 取締役会監督 | 取締役会が審議し監督する場が設計されているか | 報告事項として数分触れて終わっている |
| 開示 | 自社の言葉で説明できる材料が揃っているか | 前年の記載を踏襲している |
【第3章】6つの論点をどの順で片づけるか
1. 優先順位を決める3つの物差し
6つの論点を同時並行で進めることは、現実的ではありません。順序を決める物差しは3つあります。
第一に、期限の切迫度です。2027年の報告書提出時点で「運用の実績」を語る必要がある論点は、逆算すると着手時期が最も早くなります。第二に、業務変更の大きさです。経理・子会社・監査法人など社外を巻き込む論点は、自社の意思だけでは進みません。第三に、企業価値への影響です。投資家評価や取締役会の実効性に直結するかどうかを見ます。
2. 最優先に置くべき4つの論点
この3つの物差しで並べ替えると、上位に来るのは有価証券報告書の早期開示、経営資源の配分、取締役会の監督機能、全社リスク管理の4つです。
とりわけ有価証券報告書の早期開示は突出しています。解釈指針は、株主総会の開催日の3週間以上前に提出されることが最も望ましいとし、総会の開催時期を後ろ倒しすることも含めて検討することが考えられる旨を補足しました(注4)。ところが2026年3月期に総会前開示を行った上場企業は89%・1,926社に達した一方、3週間以上前に開示できた企業は7社にとどまります。上場企業全体の平均は、総会日のわずか1.7日前でした(注5)。「総会前に出す」と「3週間前に出す」の間には、決算・監査プロセスそのものを作り替えるほどの距離があります。
一方、多様性確保に関する目標設定や、人材育成・社内環境整備の開示は、既存施策が改訂の方向性と合致している企業が多く、既存の取組の高度化として位置づけられます。株主総会で相当数の反対があった議案への対応や、社外取締役の選任基準は、影響は大きいものの社内ルールの整備が中心です。
3. 2027年7月末からの逆算
期限から逆算すると、工程は3つに分かれます。
第一の工程である現状診断・方針決定では、6つの論点のギャップを可視化し、優先順位と責任者・主管部門を決めます。ここで経営としての合意を取ることが、以降のすべての前提になります。第二の制度・プロセス設計では、決算・開示日程、投資審査の事後評価ルール、取締役会の年間アジェンダ、リスク管理体制といった仕組みを作ります。第三の試行・定着では、設計したものを実際に回し、改善したうえでコーポレートガバナンス報告書と有価証券報告書に反映します。
重要なのは、2027年に必要なのは制度の存在ではなく運用の実績です。丁寧なエクスプレインとは、やったことを書くことであり、これから始めることを書くことではありません。試行の期間を確保するには、設計を2026年度中に終える必要があります。
── 図表3:6つの論点の優先順位 ──
| 区分 | 該当する論点 | 判断の理由 | 着手時期の目安 |
|---|---|---|---|
| 最優先 | 有価証券報告書の早期開示/経営資源の配分/取締役会の監督機能/全社リスク管理 | 準備期間が長く、社外を巻き込み、投資家評価に直結する | 2026年度上期 |
| ルール整備 | 株主の反対票への対応/社外取締役の選任基準 | 影響は大きいが、社内ルールの整備が中心となる | 2026年度下期 |
| 既存の高度化 | 多様性確保の目標設定/人材育成・環境整備の開示 | 既存施策が改訂の方向性と合致している企業が多い | 2027年度上期 |
【結論】企業として取るべきアクション
今回の改訂の本質は、規制の追加ではなく説明の質への転換です。項目が減ったぶん、ひとつひとつの説明で企業の姿勢が可視化されます。残された一年で取るべき打ち手を、5つに整理します。
- 現在地を一覧にする:6つの論点それぞれについて、方針・責任主体・業務プロセス・KPI・取締役会監督・開示の6軸で、どこまで整っているかを棚卸しします。感覚ではなく一枚の表にすることが、すべての出発点になります。
- 責任者を指名する:論点ごとに担当する役員と主管部門を決めます。「関係部署で連携」は責任主体ではありません。主語が決まらないまま設計に進むと、成果物の引き取り手がいなくなります。
- 優先順位を経営で合意する:全論点を同時に進めず、期限の切迫度・業務変更の大きさ・企業価値への影響で並べ替え、取締役会または経営会議で正式に合意します。合意の記録そのものが、後の説明材料になります。
- 横断の推進体制を置く:経営トップ、財務、人事、リスク管理、取締役会事務局の責任者が同じ場で進捗を見る体制を作ります。論点が部署にまたがる以上、この場がなければ設計は分断されます。
- 2026年度中に試行を始める:とくに決算早期化は、実際に一度回してみるまで実現可能性が分かりません。リハーサルの機会は年に一度しかないことを、日程に織り込んでおく必要があります。
── 図表4:2027年7月末からの逆算ロードマップ ──
2026年度上期
現状診断・方針決定:6論点のギャップ診断/優先順位と責任者の確定/決算早期化の実現可能性の検証
2026年度下期
制度・プロセス設計:決算・開示日程の再設計/投資審査ルール/取締役会の年間アジェンダ/リスク管理体制
2027年度上期
試行・定着:新しい運用の試行と改善/報告書への反映(提出期限:2027年7月末日)
【注釈】
(注1)コーポレートガバナンス・コード(2026年改訂版)の確定について|金融庁・株式会社東京証券取引所|2026年7月|https://www.fsa.go.jp/news/r7/singi/20260721.html
(注2)コーポレートガバナンス・コード(2026年7月版)の公表について|株式会社日本取引所グループ|2026年7月|https://www.jpx.co.jp/corporate/news/news-releases/1020/20260721-01.html
(注3)コーポレートガバナンス・コード改訂案の概要|PwC Japanグループ|2026年5月|https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/news/legal-news/legal-20260527-3.html
(注4)コーポレートガバナンス・コードの改訂(2026年)の概要|金融庁|2026年7月|https://www.fsa.go.jp/news/r7/singi/20260721/04.pdf
(注5)決算:有価証券報告書、9割が総会前に開示 上場企業平均で1.7日前|日本経済新聞|2026年7月|https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB212QA0R20C26A7000000/
【参考ソース】
- コーポレートガバナンス・コードの改訂に関する有識者会議(令和7年度)|金融庁 — https://www.fsa.go.jp/singi/revision_corporategovernance/index.html
- 取締役会の機能強化の取組みに関する事例集2026|金融庁 — https://www.fsa.go.jp/news/r7/singi/20260721/10.pdf
- コーポレートガバナンス・コードの改訂案が公表|大和総研 — https://www.dir.co.jp/report/research/law-research/securities/20260427_025733.html
- 2026年の「コーポレートガバナンス・コード」改訂案のポイント|有澤法律事務所 — https://stellexlaw.com/ja/japan-corporate-governance-code-draft-revision/
弊社では、コーポレートガバナンス・コード改訂への対応について、6つの改訂論点に対する現状のギャップ診断から、対応方針の決定、制度・業務プロセスの設計、試行運用の定着までを一貫してご支援しております。限られた社内リソースを補完し、2027年の報告書提出時点で「計画」ではなく「運用の実績」を語れる状態の実現を伴走支援いたします。
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【連載インデックス】
- 第0回:CGコード2026年改訂 完全ガイド|6論点と着手順
- 第1回:CGコード2026年改訂への対応ロードマップ|2027年7月末から逆算する6論点×6つの診断軸(本記事)
- 第2回:CGコード改訂の本丸は資本配分|成長投資の説明責任
- 第3回:社外取締役の「質」とは何か|有識者から監督者へ
- 第4回:有報3週間前開示|総会を動かすか、決算を早めるか



