ヒューマノイド(人型ロボット)を工場や倉庫に入れようとすると、技術やコストの話が一巡したあとに必ず出てくる問いがあります。人のいる場所を歩かせていいのか、柵で囲う必要があるのか。この問いに対して、ヒューマノイドを最も多くの現場に入れている米Agility Robotics社が、自社サイトで明確に答えを書いています。
現場に導入した各ヒューマノイドは、通称「ワークセル」と呼ばれる物理的な安全柵の内側で稼働し、動作や安定性のリスクを呈する場面で従業員から隔離されている
Agility Robotics「Built for the Real World」(拙訳)
同社はAmazon、GXO、Schaefflerに機体を納めています。動作や安定性のリスクがある場面では柵で隔離している、と製造元自身が書いているわけです。柵に頼らず人と同じ空間で動かせるようになるのは、これから公開される第5世代からであり、現在形ではなく将来形として語られています。
一方で、これは導入をためらう理由にはなりません。柵の中で回すという前提を置けば、日本の法令上、ヒューマノイドは既存の産業用ロボットとほぼ同じ枠組みで扱えます。新しい規制ができるのを待つ必要はありません。さらに、柵を外す道も2013年の通達改正ですでに開いています。本稿では、その現在地と、導入時に何をどの順で決めればよいかを整理します。
1. いま動いている機体は、どう安全を確保しているのか
1-1. 導入企業は、安全対策をほとんど公表していない
まず、公開情報から何が読み取れるかを確認しておきます。結論から言えば、導入した側の企業は安全対策をほとんど公表していません。
BMWの発表では、Figure 02は米サウスカロライナ州スパルタンバーグ工場で10か月間ほど、月〜金の10時間シフトで稼働し、9万点超の部品を移動させ、約1,250稼働時間で3万台超のX3の生産に寄与しました。ドイツ・ライプツィヒでも2026年夏から別ベンダーの機体でパイロットを始めています。
しかしBMWの公式発表で安全対策に触れているのは、ライプツィヒの発表(2026年2月)にある、生産ITインフラ・労働安全・生産プロセス管理・現場物流のすべての領域を早い段階から関与させることが不可欠だった、という一文と、ヒューマノイドが実生産条件下で精密な反復作業を安全に遂行できることを確認した、という結論だけです。柵の有無も、監視体制も、速度制限も書かれていません。
メルセデス・ベンツはベルリン工場でApptronik社のApolloを動かしていますが、公式ページに安全の記述はありません。Amazonも同様で、Digitの導入を発表した2023年10月のリリースでは、在庫システムSequoiaが従業員に大腿中央から胸中央の高さで作業できる新設計の作業台を提供すると書いている一方、Digitと人の分離や安全対策については触れていません。
つまり、発表資料を読んでも安全の作り方は学べません。そのぶん、製造元が書いている内容の価値が上がります。
1-2. 機体側に組み込まれている安全機能
Agility Roboticsは、Digitに何を積んできたかを世代ごとに公開しています。第3世代までは機能安全の手段が遠隔の非常停止だけでしたが、その後、次の機能を追加したとしています。
- 安全PLC(安全機能専用の制御装置)を機体に搭載。主制御ソフトにバグがあったり誤った判断をしたりしても、この安全PLCが介入して止めます。同社は性能水準としてPLd(後述する安全度の指標)を挙げています
- カテゴリ1停止を実装。電源を即断するのではなく、アクチュエータに電力を供給したまま減速させ、停止してから電力を切る方式です。通信が途絶えたときにも制御された停止に入ります
- 操作ペンダント(非常停止ボタン付きの手元操作器)を統合し、顧客の現場担当者が介入できるようにしました
- 第5世代では、機体側で人を検知する安全機能を実装する予定としています
Figure AIも機体設計の側から安全に触れています。Figure 03では挟み込みが起きやすい箇所に密度の異なるフォームを配置し、硬い機械加工部品ではなく柔らかいテキスタイルで覆い、Figure 02より質量を9%減らしました。指先センサは3グラムの圧力を検知するとされています。バッテリーはUN38.3(リチウム電池の輸送安全基準)の認証を取得済みで、UL2271(電池の安全規格)は取得手続き中としています。
いずれも「機体を人にぶつけても大事に至らないようにする」設計であって、規格認証ではありません。ただし方向としては、後述する国内法令の「危険が生ずるおそれ」を下げる方向と一致しています。
2. 国際規格は、まだヒューマノイドを扱っていない
2-1. ISO 10218は「移動」を対象外にしている
ここは事実として押さえておく価値があります。2026年9月時点で、産業用ヒューマノイドや脚式ロボットを正面から扱う発行済みの国際安全規格は存在しません。しかもそれは推測ではなく、規格をつくっている側と認証する側の双方が明言していることです。
産業用ロボットの安全規格であるISO 10218-1/-2は2025年2月5日に改訂版が発行されました。2011年版から14年ぶりの改訂で、協働ロボットの要求事項を本文に統合し、ロボットの分類と機能安全要求を整理し直した大きな改訂です。しかしISOの公式ページに掲載された適用範囲の説明には、対象としない危険源として「ロボットまたはマニピュレータが移動プラットフォームに固定され、あるいはその一部となっている場合の移動(mobility)」が明記されています。
つまり、ロボットが移動体に載って動き回ることに伴う危険は、この規格の外に置かれています。自ら脚で歩くヒューマノイドは、そもそもこの規格が想定する「床に固定された、あるいは静的に安定した」機械の枠に入っていません。
米国のロボット業界団体A3は、この規格の米国版であるANSI/A3 R15.06-2025と、モバイルロボット向けのANSI/RIA R15.08-1・-2について、いずれもヒューマノイドの安全な使用をカバーしていないと自社ブログで端的に述べています。認証機関側も同じ認識です。TÜV SÜDはヒューマノイド向けの試験・認証サービスページで、完成したシステムとしてのヒューマノイドロボットについてEU法上の整合規格は現時点で存在しないとしたうえで、リスクアセスメントのISO 12100、機能安全のISO 13849/IEC 62061/IEC 61508、産業用ロボットのISO 10218といった隣接規格を組み合わせて評価する進め方を示しています。
2-2. なぜ既存の機能安全が、そのまま使えないのか
IEEEのロボティクス・オートメーション学会に置かれたヒューマノイド研究グループが、2025年9月に『A Pathway Study For Future Humanoid Standards』という報告書を出しています。ここで指摘されている論点は、実務でも意味を持ちます。
既存のロボット安全規格は、床に固定されているか、静的に安定している機械を前提に書かれています。脚で立つヒューマノイドは、常にバランスを取り続けることで倒れずにいます。制御が止まった瞬間に倒れる機械という点が、従来の産業用ロボットと根本的に違うところです。報告書は、バランスや安定性の測定方法について、複数の規格開発プログラムが進行中ではあるものの、まだどの規格にも公表されていないと指摘しています。
さらに、機能安全の枠組みそのものへの疑問も提示されています。IEC 61508やISO 13849が使うSIL(安全度水準)やPL(パフォーマンスレベル)は、部品や回路の故障率をもとに安全性を数値化する考え方です。ところがヒューマノイドのバランス制御は、機体の状態と外部要因によって成否が変わります。故障していなくても失敗しうる機能を、故障率の物差しでは測れない、というのが報告書の主張です。
なお、AIが安全機能に関わる場合の枠組みは、別系統で整備が進んでいます。ISO/IEC TR 5469:2024(人工知能の機能安全)が2024年1月に発行され、その後継となるISO/IEC TS 22440シリーズが策定中です。
3. 日本の法令では、何が義務になるのか
国際規格の空白と、日本国内で導入できるかどうかは、別の話です。日本の労働安全衛生法令はロボットを名前で規制していません。機械の構造と機能で線を引いています。したがって、ヒューマノイドについての行政解釈が出ていなくても、条文に当てはめれば義務の輪郭は見えます。
3-1. 「産業用ロボット」に当たるかどうかで、義務が変わる
労働安全衛生規則(安衛則)第36条第31号は、産業用ロボットを次のように定義しています。
マニプレータ及び記憶装置(可変シーケンス制御装置及び固定シーケンス制御装置を含む。)を有し、記憶装置の情報に基づきマニプレータの伸縮、屈伸、上下移動、左右移動若しくは旋回の動作又はこれらの複合動作を自動的に行うことができる機械
労働安全衛生規則 第36条第31号
マニプレータとは、施行通達の言い方では人間の上肢に類似した機能を有し、物体を把持して空間的に移動させる部分を指します。腕を持ち、記憶した情報に基づいて自動で動く機械、ということです。
ここから除外されるものが、昭和58年労働省告示第51号で定められています。除外されるのは、①駆動用原動機の定格出力(複数ある場合は最大のもの)が80ワット以下の機械、②固定シーケンス制御で単一動作の単調な繰り返しを行う機械、③構造・性能等から見て接触による労働者の危険が生ずるおそれがないと厚生労働省労働基準局長が認めた機械、の3つです。条文自体も研究開発中のものを除外しています。
80ワットという線引きが、実務上の分かれ目になります。協働ロボットの一部がこの範囲に収まる設計になっているとされるのは、この告示の存在が背景にあります。一方、Figure 03は可搬20kg、歩行速度1.2m/s(時速約4.3km)、稼働5時間という仕様を公表しています。この機体が80Wを超える定格出力の原動機を積んでいないとは考えにくく、腕を持ち記憶情報で自動動作するのだから条文の要件も満たします。したがって、現行法の文言からは、産業用ヒューマノイドは「産業用ロボット」に該当すると読むのが自然です。ただしメーカーは原動機ごとの定格出力を公表していないため、最終的な判断には仕様書での確認が必要になります。
なおこれは条文からの解釈であり、厚生労働省がヒューマノイドや脚式ロボットについて明示的に見解を出した通達・解釈例規は確認できませんでした。導入時には所轄の労働基準監督署に事前相談し、その内容を記録に残しておくのが現実的な進め方になります。
3-2. 運転中は「さく又は囲い」が原則になる
該当するとした場合、中心になるのが安衛則第150条の4です。事業者は、産業用ロボットを運転する場合において、当該産業用ロボットに接触することにより労働者に危険が生ずるおそれのあるときは、さくまたは囲いを設ける等、当該危険を防止するために必要な措置を講じなければならない、と定めています(教示等のために運転する場合などは除かれます)。
読むべきは条文の構造です。義務が発生するのは「接触することにより労働者に危険が生ずるおそれのあるとき」に限られます。逆に言えば、そのおそれがなくなれば柵の義務は生じません。この一点が、次章で扱う柵なし運用の法的な足場になっています。
このほか、可動範囲内で教示(動作の順序・位置・速度の設定や変更)を行うときは第150条の3が、作業規程の作成、異常時に直ちに停止できる措置、起動スイッチ等への作業中表示を求めています。検査・修理・調整・掃除・給油を行うときは第150条の5が、原則として運転を停止し、起動スイッチに施錠して作業中表示をすることを求め、運転中に行わざるを得ない場合に限り、第150条の3と同様の規程・即時停止措置等を条件に認めています。
3-3. 教示と保守をする人には、特別教育が要る
産業用ロボットに該当する場合、可動範囲内で教示等を行う人と、検査等を行う人には特別教育が義務づけられます(安衛則第36条第31号・第32号)。科目と時間は安全衛生特別教育規程の第18条・第19条が定めています。
── 図表1:産業用ロボットの特別教育 ──
| 業務 | 学科 | 実技 | 合計 |
|---|---|---|---|
| 教示等 | ロボットに関する知識2h/教示等の作業に関する知識4h/関係法令1h=7時間 | 操作の方法1h/教示等の作業の方法2h=3時間 | 10時間 |
| 検査等 | ロボットに関する知識4h/検査等の作業に関する知識4h/関係法令1h=9時間 | 操作の方法1h/検査等の作業の方法3h=4時間 | 13時間 |
出典:安全衛生特別教育規程 第18条(教示等)・第19条(検査等)
丸2日で足ります。すでに産業用ロボットを使っている工場なら有資格者がいるはずで、追加負担はほとんどありません。これは導入計画のクリティカルパスにはなりません。
4. 柵を外す道は、2013年にすでに開いている
ここが日本の制度の使いどころです。平成25年12月24日付 基発1224第2号「産業用ロボットに係る労働安全衛生規則第150条の4の施行通達の一部改正について」が、柵を設けなくてよい条件を明示しています。協働ロボットの普及を後押ししたのがこの通達で、同じ枠組みがヒューマノイドにもそのまま使えます。
── 図表2:柵を省略する2つのルート ──
| ルート | 条件 | 法的な性格 |
|---|---|---|
| ルート① | 労働安全衛生法第28条の2によるリスクアセスメントに基づく措置を実施し、接触により労働者に危険の生ずるおそれが無くなったと評価できる | 「危険が生ずるおそれのあるとき」に当たらないため、そもそも義務が発生しない |
| ルート② | ISO 10218-1/-2に従って設計・製造・設置された機体を、技術ファイルと適合宣言書の作成を確認したうえで使用条件どおりに使う | 条文の「さく又は囲いを設ける等」の「等」に含まれる別の履行方法 |
出典:基発1224第2号(平成25年12月24日)
2つのルートはどちらか一方を満たせばよいのですが、法的な性格が違います。監督署への説明の組み立てが変わるので、どちらで通すのかは先に決めておいたほうがよいでしょう。
4-1. ルート①で押さえる3つの観点
ルート①を選ぶ場合、評価結果は「危険性又は有害性等の調査等に関する指針」に基づいて記録・保管します。同通達は、リスクの見積りに当たって特に留意すべき事項を3つ挙げています。
- マニプレータ等の力及び運動エネルギー。同日付の留意事項通達(基安安発1224第1号)は、制御によらず構造的に人に危害を加えないと判断される数値以下となることが担保される場合を、危険のおそれがないと判断できる一例としています
- マニプレータ等と周辺構造物に拘束される可能性。同留意事項通達は、最接近距離を500mm以上とするか、人体が拘束された場合に駆動用動力なしで人力で開放できる場合を、判断できる一例として挙げています
- マニプレータ等の形状や作業の状況。突起のあるマニプレータ等が眼などに激突するおそれ、一部が鋭利である場合、関節のあるマニプレータ間に挟まれる可能性
ここに実務上の論点がひとつあります。この通達が指定しているのはISO 10218-1:2011およびISO 10218-2:2011であり、2025年に発行された改訂版への追随は確認できませんでした。2025年版で設計されたロボットを持ち込むときは、この点を監督署と確認しておいたほうがよいでしょう。
なお、リスクアセスメントの進め方そのものは「機械の包括的な安全基準に関する指針」(平成19年7月31日付 基発第0731001号)が定めています。保護方策には優先順位があり、①本質的安全設計方策(危険源そのものを除く)、②安全防護と付加保護方策(ガード、保護装置)、③使用上の情報(残留リスクの通知、教育、手順)の順に検討します。厚生労働省委託でまとめられた『機能安全活用実践マニュアル 産業用ロボットシステム編』は、ISO 10218の要求として、制御システムの安全関連部をISO 13849-1のカテゴリ3のアーキテクチャでのPL=d、またはIEC 62061でプルーフテスト間隔20年以上・ハードウェアフォールトトレランス1のSIL 2に適合させることを紹介しています。Agility Roboticsが安全PLCについて挙げているPLdは同じ目線に立つ数値ですが、カテゴリや冗長構成までは公表されていません。
5. 搬送ロボットと四足ロボットは、別の枠で見る
5-1. 腕がなければ、そもそも定義に入らない
同じ「ロボット」でも、腕を持たない搬送ロボットは規制の系統が違います。マニプレータを持たない搬送専用のAMR(自律走行搬送ロボット)やAGV(無人搬送車)は、安衛則の産業用ロボットの定義を満たしません。腕がないので、定義の入口に入らないのです。
代わりに参照するのがJIS D 6802:2022「無人搬送車及び無人搬送車システム―安全要求事項及び検証」です。1997年の「無人搬送車システム―安全通則」が2022年2月に全面改正されたもので、ISO 3691-4:2020を基にしており、自律移動ロボット(AMR)を適用範囲に含んでいます。
もうひとつ、厚生労働省委託で中央労働災害防止協会がまとめた『自律走行台車(AMR)の安全化と実証試験プロトコル』が実務的に有用です。ここには、機械安全の常識が通じない箇所が明記されています。AMRでは障害物回避機能が、機械の本来機能であるとともに安全のための機能である、という指摘です。
従来の機械安全は、本来機能と安全機能を分離することを原則にしてきました。ドリルが回るのが本来機能で、扉が開いたら止めるのが安全機能、という具合です。ところがAMRでは「ぶつからずに進む」が仕事そのものであり、同時に安全でもあります。この重なりが、ヒューマノイドの歩行にもそのまま当てはまります。IEEEの報告書が指摘している問題と、根は同じです。
同資料はまた、責任の所在も明記しています。汎用品として製造されたAMRを使う場合、リスクアセスメントから実証試験プロトコルの作成、妥当性確認までを行うのはユーザーとシステムインテグレータです。メーカーが安全を保証してくれるわけではありません。
5-2. 国内で先に走っているのは、四足と遠隔操作型
日本では、ヒューマノイドを工場や倉庫で日常稼働させていると公表した事例はまだ見当たりません。国内メーカーが自社工場で実証を進めている段階です。一方で、脚のあるロボットはすでに現場で常用されています。
- JR西日本は、人機一体・日本信号と共同開発した「多機能鉄道重機」を2024年7月から使用開始しています。遠隔操作で最大40kgの重量物を把持し、最大12mの高所作業ができます。目的は、作業の機械化により墜落・感電による労働災害ゼロを目指すことと明記されています
- 大成建設は四足歩行ロボットによる遠隔巡視システム「T-iRemote Inspection」を2021年に開発し、2024年には複数機種に対応する「T-InspectionX」へ発展させています
- 竹中工務店は建設現場でSpotによる自動巡回を実証し、点群データ作成では映像撮影に要する時間が最大30%程度削減されたとしています
人が入るのが危険な場所、あるいは人が上りたくない高さ。そこから入っているのが日本の実情です。
6. 事故が起きたら、誰がどう責任を負うのか
導入を決裁する立場からは、ここが最も気になるところでしょう。厚生労働省の資料は、労働災害が起きた場合の企業の責任を5つに整理しています。
- 刑事上の責任……労働安全衛生法違反、または業務上過失致死傷罪(刑法第211条)
- 民事上の責任……安全配慮義務違反による損害賠償。同資料は安全配慮義務を、労働者が労務提供のため使用する場所・設備・器具等について、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務と説明しています
- 補償上の責任……労働基準法上の災害補償責任(労災保険給付により免責される部分)
- 行政上の責任……機械設備の使用停止、作業停止等の行政処分
- 社会的な責任
労災保険との関係について、同資料は、労災保険給付が行われた場合に事業者はその価額の限度で損害賠償の責任を免れるが、精神的苦痛に対する慰謝料など損害のすべてをカバーしているわけではないと整理しています。つまり労災保険は差額を埋めません。この差額を扱うのが使用者賠償責任保険(労働災害総合保険)で、国内の主要損保がいずれも商品を持っています。
6-1. ロボット向けの保険は、3件が先行している
── 図表3:ロボットに特化した国内の保険商品 ──
| 提供 | 時期・商品名 | 主な内容 |
|---|---|---|
| 損保ジャパン | 2020年10月/自動走行ロボット専用保険プラン(実証実験向けオーダーメイド型) | 運行、破損・故障、サイバー、業務遂行の各リスク。走行不能時に指定場所まで無償で搬送するサービス |
| あいおい×ZMP | 2023年5月/自動運転ロボット専用保険プラン | 施設賠償・傷害・動産総合に加え、被害者救済費用特約(不正アクセスや機体の欠陥で事故が起き、導入事業者に法律上の責任がない場合に被害者の治療費等を補償)、回収・運搬費用(保険金額の10%を限度) |
| 三井住友海上×ugo | 2024年12月/ugo安心補償パック | 対人対物の賠償責任、従業員の治療費、認定技術者によるサポート、あんしん修理サービス |
出典:各社ニュースリリース。三井住友海上の商品はプロエージェントとの共同開発
注目すべきは被害者救済費用特約です。ロボットが誤作動しても事業者に法的責任が生じないケースがありうる、という前提に立った設計になっています。責任の所在が定まりにくい自律機械を、保険の側から扱おうとした先例と言えます。
一方で、限界も明確にしておきます。いずれも保険金額(支払限度額)は公表されておらず、ヒューマノイドや産業用の協働ロボットを明示的に対象とした専用商品は確認できませんでした。2025年から2026年にかけて国内損保が出した新商品も見当たりません。当面は既存の労働災害総合保険・生産物賠償責任保険・動産総合保険の組み合わせで設計し、引受条件を個別に詰めることになります。見積依頼の段階で、機体の仕様書とリスクアセスメント結果を保険会社に開示できるようにしておくと話が早く進みます。
7. 導入するとき、どの順番で何を決めるか
ここまでを、実務の手順に落とします。順番には理由があり、後ろの工程は前の工程の成果物を使います。
── 図表4:導入時に決める順番 ──
| 順番 | 決めること | 成果物・確認先 |
|---|---|---|
| ① 該当性 | 機体が「産業用ロボット」に当たるかを確定する | 駆動用原動機の最大定格出力をメーカーに書面で出させる |
| ② 使用上の情報 | メーカーから意図する使用と残留リスクの情報を取る | ISO 10218適合を主張する機体なら技術ファイルと適合宣言書の有無 |
| ③ 評価と記録 | 本質的安全設計→安全防護→使用上の情報の順で保護方策を検討する | 力と運動エネルギー、拘束の可能性、形状と作業状況の3観点を明示した記録 |
| ④ 事前相談 | 所轄の労働基準監督署に相談し、記録を残す | ISO 10218の2011年版と2025年版の扱いもここで確認 |
| ⑤ 特別教育 | 教示等10時間、検査等13時間を計画に入れる | ベンダーの立ち上げ支援要員の資格も確認 |
| ⑥ 保険 | 使用者賠償・生産物賠償・動産総合の組み合わせを設計する | ③の記録を添えて引受条件を詰める |
| ⑦ 労使への説明 | 配置転換や役割変更が生じるなら稼働開始前に説明する | 削減人数ではなく、新しく生まれる役割で組み立てる |
本稿が法令・通達・指針をもとに整理
③がこの手順の中心です。柵なし運用を狙うなら、力と運動エネルギー、周辺構造物に拘束される可能性(最接近距離500mm以上はその一例)、形状と作業の状況の3観点を明示的に評価し、結論を文書に残してください。
この記録が、監督署への説明資料であり、保険の引受資料であり、社内決裁の根拠になります。一石三鳥なので、手を抜かないほうが得をします。
⑦についても補足します。導入企業の公式発表を見ると、いずれも「反復作業からの解放」「より付加価値の高い業務へ」という定性的な説明にとどまり、人数の増減を公表した例はありません。Agility Roboticsは、人の仕事はロボットの群れを管理し、ロボットと他の自動設備との相互作用を管理することだと述べています。説明の材料は、削減人数ではなく新しく生まれる役割で組み立てたほうが通りやすいでしょう。
8. 空白は、埋まりつつある
最後に、これから数年で変わる部分を押さえておきます。規格の空白は放置されているわけではなく、明確に埋まる方向に動いています。
ISO/CD 25785-1は、表題に脚式を明記した規格です。正式名称は「Robotics — Safety requirements for dynamically stable industrial mobile robots (legged, wheeled, or other forms of locomotion) — Part 1: Robots」。能動的にバランスを制御する産業用モバイルロボットを対象とし、脚・車輪・その他の移動方式を問いません。ISO/TC 299のWG 12が担当し、ISOの公開情報では2026年5月8日に委員会原案(CD)として登録、5月12日に意見照会を開始した段階です(意見募集の終了は記録されておらず、発行時期は未定)。ヒューマノイドの安全を正面から扱う最初の国際規格になる見込みで、Agility Roboticsは策定に自社の専門家が参加していると公表しています。
EUの機械規則(Regulation (EU) 2023/1230)は2027年1月20日から強制適用されます。ここで重要なのは、安全機能に完全にまたは部分的に自己進化する機械学習を用いる機械が、第三者機関(ノーティファイドボディ)の関与する適合性評価を必須とするカテゴリに入る点です。欧州に製品を輸出する工場でヒューマノイドを使う場合、機体そのものへの適用可否を確認しておく必要があります。なお、このAI関連要求については産業界から適用延期の要請が出ており、施行時期は直前に最新の公式情報で確認するのが安全です。
日本でも動きがあります。経済産業省は2025年10月に「AIロボティクス検討会」のとりまとめを公表し、後継の「AIロボティクス戦略検討会議」を立ち上げました。内閣府のSIP第3期「人協調型ロボティクスの拡大に向けた基盤技術・ルールの整備」は、世界動向として米中を中心に二足歩行型ヒューマノイドの開発競争が活発化していると明記したうえで、適切な労務環境構築を省令や法令でガイドすることで先進的科学技術の導入が促進されるとルール整備の意義を述べ、2027年度に海外を含む10拠点以上での社会実装・実運用の開始を掲げています。NEDOも2026年度から2030年度の基盤モデル開発事業を開始しました。
第三者認証の実例も出始めています。Agility RoboticsはDigitについて、OSHA承認の第三者試験機関(NRTL)による評価に通ったと公表しています。同社自身がNRTLの現地評価はサイト固有のものと断っており、製品としての型式認証ではありませんが、同社はこれをヒューマノイド業界にとって重要な先例になったとしています。欧州でも2025年9月にCE認証の取得を公表した中国メーカーがあり、「世界初」を名乗る主張は複数あります。第三者評価そのものは、すでに動き始めています。
規格が出そろうのを待つ理由は、実のところ薄いと言えます。柵の中で回す前提なら、いまの法令でそのまま導入できます。柵を外す判断も、2013年の通達がすでに事業者側に委ねています。必要なのは新しい制度ではなく、リスクアセスメントを1件、きちんと書き切ることです。それが監督署への説明にも、保険の引受にも、社内決裁にも効きます。そして数年後に規格が発行されたとき、その文書がそのまま移行の土台になります。
【注釈】
(注1)本記事の内容は2026年9月時点で確認できた公開情報に基づきます。法令・告示・通達はe-Gov法令検索および厚生労働省の法令等データベース、規格はISO公式ページ、企業の安全対策は各社の公式発表を典拠としました。
(注2)ヒューマノイドおよび脚式ロボットが労働安全衛生規則上の「産業用ロボット」に該当するかについて、厚生労働省の通達・解釈例規は確認できませんでした。本記事の該当性に関する記述は条文および施行通達の文言からの解釈であり、行政の公式見解ではありません。導入にあたっては所轄の労働基準監督署にご確認ください。
(注3)基発1224第2号が指定するISO 10218は2011年版であり、2025年改訂版への通達の追随は確認できませんでした。
(注4)国内損保3商品の保険金額(支払限度額)、および導入企業がヒューマノイド稼働時に採った柵・分離・速度制限・監視体制の具体的内容についても、公表資料を確認できませんでした。ヒューマノイドの駆動用原動機ごとの定格出力は、Figure・Agilityとも公表していません。
(注5)ISO/CD 25785-1の進行状況はISO公式ページのステージ情報にもとづきます(2026年5月8日にCD登録、5月12日に意見照会開始、現行ステージ30.20)。EU機械規則のAI関連要求については産業界から適用延期の要請が出ており、施行時期は変わりうる点にご留意ください。
【参考ソース:現場の安全確保】
- Agility Robotics「Built for the Real World」agilityrobotics.com(Built for the Real World)
- Agility Robotics「Beyond the Hype」agilityrobotics.com(Beyond the Hype)
- Agility Robotics「New Innovations for Market-Leading Humanoid Robot Digit」(2025年3月31日/安全PLC、カテゴリ1停止、操作ペンダント)agilityrobotics.com(New Innovations)
- Agility Robotics FAQagilityrobotics.com/faq
- Agility Robotics「Humanoid Robots Entering the Workforce」agilityrobotics.com(Entering the Workforce)
- BMW Group PressClub「Figure 03 project in Spartanburg」(2026年6月25日)press.bmwgroup.com(T0458778EN)
- BMW Group PressClub「BMW Group to deploy humanoid robots in production in Germany for the first time」(2026年2月/労働安全部門の早期関与、稼働実績)press.bmwgroup.com(T0455864EN)
- Figure AI「Introducing Figure 03」(2025年10月9日)figure.ai/news/introducing-figure-03
- Figure AI「Figure 03」製品ページ(可搬20kg/1.2m/s/稼働5時間)figure.ai/figure
- Figure AI「F.03 Battery Development」(UL2271は取得手続き中)figure.ai/news/f-03-battery-development
- Figure AI「F.02 Contributed to the Production of 30,000 Cars at BMW」figure.ai/news/production-at-bmw
- Mercedes-Benz Group「Humanoid robots at the Digital Factory Campus」group.mercedes-benz.com(MBDFC)
- About Amazon「Amazon introduces new robotics solutions」(Sequoiaの作業台、Digitのテスト)aboutamazon.com(robotics solutions)
- Agility Robotics「Strategic investment and agreement with Schaeffler Group」agilityrobotics.com(Schaeffler)
- GXO Logistics「GXO Signs Industry-First Multi-Year Agreement with Agility Robotics」investors.gxo.com(IRリリース)
【参考ソース:国際規格】
- ISO 10218-1:2025iso.org/standard/73933.html
- ISO 10218-2:2025iso.org/standard/73934.html
- ISO/CD 25785-1iso.org/standard/91469.html
- ISO/TC 299 委員会ページ(WG 12の所管を確認)committee.iso.org(ISO/TC 299)
- ISO/IEC TR 5469:2024(人工知能の機能安全)iso.org/standard/81283.html
- A3「Safety by Design: How Humanoid Robots Must Evolve to Depart the Walled Garden」(ANSI/A3 R15.06-2025とANSI/RIA R15.08はヒューマノイドをカバーしない)automate.org(Safety by Design)
- A3「Updated ISO 10218: Major Advancements in Industrial Robot Safety Standards Now Available」automate.org(ISO 10218改訂)
- TÜV SÜD「Humanoid Robotics」tuvsud.com(Humanoid Robotics)
- IEEE RAS「Study Group – Humanoid Robots」ieee-ras.org(Study Group)
- IEEE Humanoid Study Group『A Pathway Study For Future Humanoid Standards』(2025年9月)therobotreport.com(報告書PDF)
- Regulation (EU) 2023/1230(EUR-Lex)eur-lex.europa.eu(機械規則)
- 欧州委員会「Machinery」single-market-economy.ec.europa.eu(Machinery)
【参考ソース:日本の法令・通達】
- 労働安全衛生規則(e-Gov法令検索)laws.e-gov.go.jp(労働安全衛生規則)
- 昭和58年労働省告示第51号(厚生労働省法令等データベース)mhlw.go.jp(告示第51号)
- 安全衛生特別教育規程(同上)mhlw.go.jp(特別教育規程)
- 基発第339号(昭和58年6月28日、平成25年12月24日一部改正・現行版PDF)jsite.mhlw.go.jp(基発第339号)
- 基発1224第2号(平成25年12月24日)mhlw.go.jp(基発1224第2号)
- 基安安発1224第1号(同日、留意事項)mhlw.go.jp(基安安発1224第1号)
- 厚生労働省パンフレット(平成25年12月)mhlw.go.jp(パンフレットPDF)
- 機械の包括的な安全基準に関する指針(平成19年7月31日付 基発第0731001号)mhlw.go.jp(包括的安全基準)
- 『機能安全活用実践マニュアル 産業用ロボットシステム編』(平成29年2月、厚生労働省委託)mhlw.go.jp(機能安全マニュアル)
- 『自律走行台車(AMR)の安全化と実証試験プロトコル』(厚生労働省委託、中央労働災害防止協会)mhlw.go.jp(AMR安全化プロトコル)
- 「労働災害の発生と企業の責任について」(厚生労働省)mhlw.go.jp(企業の責任)
- JIS D 6802:2022(日本規格協会 書誌)webdesk.jsa.or.jp(JIS D 6802:2022)
【参考ソース:保険】
- 損害保険ジャパン「自動走行ロボット専用保険プラン」(2020年10月5日)sompo-japan.co.jp(リリースPDF)
- あいおいニッセイ同和損害保険「自動運転ロボット専用保険プラン」(2023年5月)aioinissaydowa.co.jp(リリースPDF)
- ugo「ugo安心補償パック」(2024年12月10日)corp.ugo.plus(ugo安心補償パック)
- 東京海上日動「使用者賠償責任保険(労働災害総合保険)」tokiomarine-nichido.co.jp(使用者賠償責任保険)
【参考ソース:国内の導入事例・政策】
- JR西日本「鉄道設備メンテナンスに多機能鉄道重機を使用開始」(2024年6月27日)westjr.co.jp(多機能鉄道重機)
- 大成建設「四足歩行ロボットの遠隔操作・自律制御による巡回監視システム『T-InspectionX』」(2024年10月28日)taisei.co.jp(T-InspectionX)
- 竹中工務店「四足歩行ロボット『Spot』の建設現場での活用シーンがさらに拡大」(2023年7月)takenaka.co.jp(Spotの活用)
- 経済産業省「AIロボティクス検討会」とりまとめ(2025年10月8日)meti.go.jp(AIロボティクス検討会)
- 経済産業省「AIロボティクス戦略検討会議」meti.go.jp(戦略検討会議)
- 内閣府 SIP第3期「人協調型ロボティクスの拡大に向けた基盤技術・ルールの整備」研究開発計画cao.go.jp(SIP研究開発計画)
- NEDO「AIロボット・フィジカルAIを見据えたマルチモーダル基盤モデル開発事業」実施体制の決定(2026年6月30日)nedo.go.jp(基盤モデル開発事業)
弊社では、新技術の導入にともなう法令・規格要件の整理から、リスクアセスメントの設計と記録様式の整備、監督官庁への説明資料の組み立て、保険設計や労使への説明までを含めた導入プロセスの構築を支援しております。国際規格が未整備の領域では、社内に判断の型をつくれるかどうかが導入速度を決めます。制度の空白を待つのではなく、いま動ける形に落とし込む作業を伴走支援いたします。
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連載:フィジカルAI(全5回)



