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スタジアムは「施設」ではなく「まち」である

― ハコモノ投資からエリア経済圏へのパラダイムシフト

【はじめに】

総事業費約9,000億円、5万人収容のマルチスタジアムを核に9棟の複合施設が建ち並ぶ。2025年8月に発表された築地市場跡地の再開発計画の規模に、驚いた経営者は少なくないだろう(注1)。だが、これを「東京の大型プロジェクト」として遠目に眺めているとしたら、本質を見誤っているかもしれない。計画が掲げる「ONE PARK × ONE TOWN」という言葉が示す通り、これはもはや施設整備ではなく、「まちの設計」なのである。そしてその発想の転換こそが、業種・規模を問わず、経営者が直視すべき、事業の地殻変動の震源となっている。

【第1章】スタジアム開発が変わった ― 「ハコモノ」から「まち」への転換

1. 築地再開発が示す新時代の設計思想

かつての日本のスタジアムは、どこかさみしい存在だった。郊外の広大な敷地に建ち、試合や大型コンサートがある日だけ人が集い、それ以外の日は静まりかえる。自治体が整備・運営を担い、赤字は税金で補填される。そうした「ハコモノ行政」の象徴として、スタジアムやアリーナは長らく語られてきた。

築地の計画は、その構造を根底から覆す。三井不動産を代表企業とした民間主導の特定目的会社が、東京都有地に70年の定期借地権を設定して総延床面積約126万平方メートルを開発する。スタジアム棟(延床面積約17.9万㎡)を核に、ホテル・レジデンス棟、ライフサイエンス・商業複合棟、舟運・シアターホール複合棟など9棟が建ち並び、陸・海・空のモビリティハブが形成される(注1)。特徴的なのは、スタジアムが「目的地」ではなく「まちの核」として設計されている点だ。銀座の文化・芸術、築地の食文化、汐留のビジネス機能と連携し、イベントのない日も人が訪れる磁場をつくり出す構想である。

2. 行政主導・郊外立地・単機能型からの脱却

経済産業省とスポーツ庁が推進する「スタジアム・アリーナ改革」は、まさにこの転換を国家戦略として位置づけている。従来の「単機能型・行政主導・郊外立地・低収益性」から、「多機能型・民間活力導入・街なか立地・収益性改善」を実現する施設への転換を目標に掲げ、2025年までにそのモデルとなる拠点を20か所整備することを目指してきた(注2)。2026年3月時点で累計21件が選定されており、全国で整備・改修計画が約90程度存在するとされる(注3)。背景には、2016年の「日本再興戦略」でスポーツ市場規模を2015年の5.5兆円から2025年までに15兆円に拡大するという政府目標がある。スポーツ産業を「成長産業」と位置づけ、そのインフラとなるスタジアム・アリーナを地域経済の核に据える発想だ。

3. 政策と民間資本が重なる地点

注目すべきは、こうした政策的後押しと民間資本の動きが今まさに重なり合っていることである。2024年10月にオープンした長崎スタジアムシティ(注4)、横浜BUNTAI、広島エディオンピースウィング広島……民間または民設民営方式による新世代スタジアムが続々と誕生している。Bリーグが2026年からプレミアリーグ体制に移行することも、アリーナ新設・改修の需要を押し上げている(注3)。「スタジアムが街を変える」という仮説は、もはや仮説ではなく、実証段階に入っている。

── 図表1:スタジアム・アリーナの「旧型」vs「新型」対比 ──

比較軸旧型(従来型)新型(現代型)
主体行政主導・公設公営民間主導・民設民営
立地郊外・アクセス不便街なか・交通結節点
機能単機能型(試合・イベントのみ)多機能型(商業・宿泊・オフィス複合)
収益性低収益・赤字補填収益改善・自立型経営
稼働イベント時のみ365日経済圏を設計
位置づけ「施設」(Venue)「まち」(Platform / Town)

【第2章】なぜ民間資本がスタジアムに向かうのか ― 収益性の論理

1. ジャパネットの「1,000億円の賭け」

通販大手のジャパネットホールディングスは、2024年10月、長崎市の三菱重工跡地に総事業費約1,000億円を投じた「長崎スタジアムシティ」を開業させた(注4)。行政からの財政的支援を一切受けない純民間事業という点で、国内では異例の規模のプロジェクトだ。EYストラテジー・アンド・コンサルティングの試算によれば、建設時の経済効果は約1,436億円、開業後は13,000人の雇用により年間約963億円の経済効果が見込まれており、年間利用者数850万人を目標としている(注5)。

なぜ通販会社がスタジアムを建てるのか。ジャパネットHD代表取締役社長の髙田旭人氏は「スポーツを通じて地域創生をしていく。長崎の魅力を見つけ、磨き、伝える」と語り、スタジアム事業を「スポーツ・地域創生事業」として第2の柱に据えた。グループ全体の売上高の約5%、年間100億〜150億円を生み出すシナリオが描かれている。海外のアリーナ・スタジアムが「利益を得る仕組み」として機能していることを見据えた、計算された投資判断だ。

2. 「施設」から「プラットフォーム」へ ― 多層的な収益構造

現代型スタジアムが生み出す収益源は、従来の「入場料+グッズ販売」という単純なモデルとは根本的に異なる。収益の多層化こそが、民間資本を引き付ける本質的な理由である。

第一はイベント収益だ。試合・コンサート・展示会など多様なコンテンツに対応するマルチユース設計により稼働率を高める。可動席やフレキシブルな会場設計が、従来は誘致が難しかったコンテンツを可能にする。第二はスポンサーシップ・ネーミングライツ収入であり、COI(Contractual Obligation Income)と呼ばれる企業・法人との長期契約による安定収益が財務基盤を支える。第三は周辺施設収益で、ホテル・商業・オフィス・飲食といった複合機能がイベント以外の日にも収益を生み出す。長崎では約80店舗が集積し、スタジアム直結ホテルはスタジアムビューを付加価値とした展開を行っている。そして第四がデータ・デジタル収益だ。

3. 非イベント日をどう稼ぐか ― 365日経済圏の設計

スタジアム経済圏の持続可能性を左右するのは、「イベントのない日の設計」である。試合数・コンサート数には物理的な上限がある。長崎のスタジアムは試合のない日にコンコース・客席を一般開放し、日常的な交流空間として機能させている(注4)。築地の計画では、コンコースをウォーキング・ジョギングの場として開放し、屋上に浜離宮恩賜庭園と連続するビュースポットを設けることも盛り込まれている(注1)。スタジアムが「特別な日に行く場所」から「日常的に立ち寄る場所」へと変わることで、初めてエリア全体の経済圏が成立するのである。

── 図表2:現代型スタジアムの収益多層化モデル ──

収益源①

イベント収益
試合・コンサート・展示会。マルチユース設計で稼働率最大化

収益源②

COI・ネーミングライツ
企業・法人との長期契約。安定的な固定収益基盤

収益源③

周辺施設収益
ホテル・商業・飲食・オフィス。365日型の複合収益

収益源④

データ・デジタル
アプリ・ICT活用。人流・消費データを収益に転換

【第3章】「まち」が生み出す波及効果 ― 経営者が見るべき本質

1. 不動産価値・消費者行動への影響

スタジアム・アリーナの整備は、周辺地域の不動産価値や消費者行動に具体的な変化をもたらすことが実証されつつある。経済産業省・スポーツ庁の報告では、新世代スタジアムにより「域外客の増加、周辺地域の不動産価値の上昇に寄与する事例」が確認されていると記されている(注3)。長崎スタジアムシティは開業から3か月の時点で動員数が想定を上回る推移を見せており、長崎市が目標とする「交流人口の増加」への貢献が期待されている(注6)。

スタジアムが街なかに立地することで、来場者の行動範囲は施設内に留まらない。試合前後の飲食消費、観戦翌日の観光滞在、スタジアム目当ての訪問をきっかけとした近隣エリアへの回遊――こうした「スタジアム起点の消費行動」が、周辺の飲食・宿泊・小売・サービス事業者に新たな需要を生み出す。

2. 「集客装置」が生む新しい商流と参入機会

スタジアムを「集客装置」と定義し直すと、その波及効果の射程が見えてくる。スタジアムが安定的に数万人規模の人流を生み出す装置として機能するとき、周辺のビジネスエコシステムは根本的に変わる。これは単に「人が集まる場所の近くに店を出す」という話ではない。スタジアムが生み出す「熱量・コミュニティ・データ」を活用した、まったく新しいビジネスモデルの可能性が開かれるのである。

横浜DeNAベイスターズが掲げる「横浜スポーツタウン構想」では、横浜スタジアムを中心とした電子地域通貨サービスの開発が検討されており、スポーツを軸に周辺エリアの商業活動全体を巻き込む設計が進んでいる(注7)。この発想は「スタジアム周辺で何かをする」のではなく、「スタジアム経済圏という新しい市場を共同設計する」という戦略的思考を示している。

3. データ経済圏としてのスタジアム ― ICTとの融合

現代のスタジアムは、リアルタイムで数万人の行動データを収集できる唯一の場でもある。どのエリアで誰が何を消費するか、どの属性のファンがどのタイミングでどこに移動するか――こうしたデータは、スタジアム内のオペレーション改善のみならず、周辺商業施設のマーケティング、地域交通インフラの最適化、さらには企業のブランド戦略にまで活用できる可能性を持つ。

長崎スタジアムシティでは、開業前の段階で専用アプリの登録者が35万人を超え、ICTを活用した消費機会の創出とシフト管理の最適化が進められている(注5)。スタジアムはもはや「集客施設」ではなく、リアルな人流・消費・行動データを収集・活用する「データプラットフォーム」として機能し始めている。 データ活用の仕組みを持つ企業にとって、スタジアム・アリーナとの連携は新たな事業領域の入口となりうる。

── 図表3:スタジアム経済圏が生む3層の波及効果 ──

波及層影響領域具体的な変化
第1層:直接効果施設内消費・雇用入場料・飲食・物販・宿泊・雇用創出(長崎:13,000人)
第2層:周辺効果エリア消費・不動産域外客流入・飲食消費拡大・周辺不動産価値上昇
第3層:構造効果産業・データ・都市設計異業種参入・データ経済圏形成・都市ブランド向上

【結論】企業として取るべきアクション

スタジアムは「施設」ではなく「まち」である。この認識の転換は、単にスポーツ産業への関心の話ではない。都市再開発・地域創生・データ経済・新産業創出という複数の潮流が交差する地点に、スタジアム経済圏は位置している。経営者が今すぐ取るべきアクションを、以下に整理する。

  1. アクション①:自社商圏内の「スタジアム開発計画」を把握する
    全国に約90か所の整備・改修計画が存在する(注3)。自社の商圏や拠点近傍で進行中のプロジェクトを洗い出し、事業機会の可能性を確認することが第一歩だ。
  2. アクション②:「施設ビジネス」ではなく「エリアビジネス」の視点を持つ
    スタジアムに直接関わらなくても、周辺エリアの消費者行動・不動産価値・商業生態系の変化は、あらゆる業種の事業計画に影響する。エリアマネジメントを「他社のこと」と捉えず、自社ポジショニングの変数として組み込む視点が必要だ。
  3. アクション③:DX・データ活用能力をスタジアム経済圏の文脈で問い直す
    データ収集・分析・活用の仕組みを持つ企業にとって、スタジアム・アリーナとの連携は新たな事業領域の入口となりうる。ICTを活用した施設運営・消費者体験向上に自社が貢献できる強みを棚卸しする価値がある。
  4. アクション④:M&A・提携の選択肢を早期に意識する
    アリーナ周辺ビジネスが立ち上がる段階では、業態転換や新規参入の敷居が比較的低い。地域の飲食・宿泊・サービス事業者へのM&Aや業務提携を通じた参入は、スタジアム経済圏が本格稼働する前の今こそ検討すべきタイミングである。
  5. アクション⑤:「まちの設計者」との対話を早期に始める
    大型再開発プロジェクトは、完成後ではなく設計段階からパートナーを求めている。地域の再開発事業者・自治体・スポーツクラブとの早期対話は、後から参入するよりはるかに有利な関与機会をもたらす。

スタジアム経済圏の本格到来は、2030年代前半に向けて着実に近づいている。築地・長崎・広島・横浜で起きていることは、すでに「まち」のルールを変え始めている。その変化に最初に気づき、戦略的に動き出す企業が、次の10年の競争優位を手にするだろう。

── 図表4:スタジアム経済圏への関与 ― 経営者の5つのアクション ──

STEP 1

自社商圏内の開発計画を把握する

STEP 2

「エリアビジネス」の視点を経営に組み込む

STEP 3

DX・データ能力を文脈で問い直す

STEP 4

M&A・提携の選択肢を早期検討

STEP 5

設計段階から「まちの設計者」と対話を始める

【注釈】

(注1)「築地地区まちづくり事業 基本計画」築地まちづくり株式会社(三井不動産・トヨタ不動産・読売新聞グループ本社)、2025年8月発表。
URL: https://built.itmedia.co.jp/bt/articles/2509/05/news130.html

(注2)「スタジアム・アリーナ改革」経済産業省・スポーツ庁。
URL: https://www.meti.go.jp/policy/servicepolicy/arena/index.html

(注3)「スタジアム・アリーナの活用等について(事務局資料)」経済産業省、2024年。
URL: https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/sports_future/look/pdf/002_06_00.pdf

(注4)「長崎スタジアムシティ」株式会社リージョナルクリエーション長崎(ジャパネットグループ)、2024年10月開業。
URL: https://ja.wikipedia.org/wiki/長崎スタジアムシティ

(注5)EYストラテジー・アンド・コンサルティング試算。建設時経済効果:約1,436億円、開業後:約963億円(13,000人雇用)。年間利用者数850万人目標。
URL: https://www.mirait-one.com/miraiz/5g/column055.html

(注6)SOMPOインスティチュート・プラス「長崎スタジアムシティが開業~スタジアム・アリーナをハブにした街づくりに注目が集まる~」2025年2月。
URL: https://www.sompo-ri.co.jp/topics_plus/20250210-16361/

(注7)「官民戦略プロジェクト スタジアム・アリーナ改革によってもたらされる効果とは?」スポーツ庁Webマガジン。
URL: https://sports.go.jp/special/policy/post-15.html

【参考ソース】

【さらに深く知る】実例から見るスタジアム経済圏

本記事で触れた「ハコモノからまちへ」のパラダイムシフト。その先駆的な実例として、総事業費1,000億円を投じた「長崎スタジアムシティ」が挙げられます。

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