はじめに
本シリーズでは、自社の守りの判断を考えてきました。データをいつまで持つのか。委託先に何を任せるのか。AIに何を許すのか。有事に、何をいつまでに決めるのか。
本稿では、同じ問いを「引き継ぐ側」から見直します。会社を買うとき、私たちはその会社の事業や人材と一緒に、その会社の過去の判断も引き継ぎます。あるいは、判断されてこなかったことも引き継ぎます。
M&Aでは、買収前にデュー・ディリジェンス(DD)を行います。しかし、DDには期間と情報の制約があり、すべてを確かめることはできません。本稿が問うのは、DDの限界そのものではなく、その限界を誰が認識し、買収の判断と買収後の確認にどうつなぐかです。買収後に問題が発覚した国内の事例を比べながら、この問いを考えます。
連載:守りのガバナンス
- 総論:その判断は、誰が担うのか——部門をまたぐリスクと「守りのガバナンス」
- 第1回:そのデータは、いつまで必要か——個人情報漏えいから考える「データ負債」
- 第2回:何を、どこまで任せるか——委託先リスクと「守りのガバナンス」
- 第3回:AIに、何を許すか——AIの実行権限を、経営はどう管理するか
- 第4回:何を、いつまでに決めるか——情報漏えいの有事と経営の判断
- 第5回:何を、引き継ぐのか——M&Aと事業承継における守りの判断
- 第6回:何を、確かめるのか——守りの判断と取締役会
1. 問題は、買収の後に見つかる
1-1. DDの時点では見つかっていない
2014年1月から2018年6月までに上場会社が公表した調査報告書を分析した研究では、「不正会計」55件のうち6件が、買収した会社の粉飾決算でした(注1)。そのうち5件は、DDの時点ではなく、買収から1〜5年が経ってから発見されています。そして、発見されるまでの間、買収された子会社は粉飾を続けていました。
1-2. 評価範囲から除かれても、買収後の確認は残る
財務報告に係る内部統制の評価では、たとえば下期に買収した子会社のように、やむを得ない事情で十分な評価手続を実施できない場合には、財務報告への影響を把握したうえで、その会社を評価範囲から除くことが認められています(注2)。その場合、除いた範囲とその理由を内部統制報告書に記載します。実際に、上場会社の内部統制報告書には、買収した子会社を評価範囲から除いた旨の記載が数多く見られます(注3)。
ただし、評価範囲から除くことと、買収した会社の管理や監督をしなくてよいことは別です。制度上の評価が追いつかない期間にこそ、何を確かめるかを、買収した会社が自ら決める必要があります。
2. 3つの事例から見えること
2-1. 比較の方法
買収した子会社で不正な会計処理が発覚し、会社または調査委員会が経緯と原因を公表している3つの事例を比べました。2015年のLIXIL(Joyou)、2025年のイオンフィナンシャルサービス(PTF)、2026年のアークランズ(PFH社)です。
いずれの事例でも、不正そのものは買収した会社の側で行われたものです。以下で取り上げるのは、不正の発生原因ではなく、買い手側が早期に発見・是正できなかった背景として、会社や調査委員会が挙げた管理・確認上の課題です。
── 図表1:買収後に不正な会計処理が発覚した3つの事例 ──
| 項目 | LIXIL(Joyou) | イオンフィナンシャルサービス(PTF) | アークランズ(PFH社) |
|---|---|---|---|
| 買収 | 2014年1月に持分法の関連会社の子会社に。2015年4月に連結子会社化 | 2023年10月に契約、2025年2月に連結子会社化 | 2025年6月に完全子会社化 |
| 発覚の経緯 | 2015年4月、中国の銀行からの書簡 | PMIの過程で判明し、2025年6月6日に公表 | 2026年6月、子会社の経理担当者の報告 |
| 発覚・公表まで | 約1年3か月 | 取得から公表まで約4か月 | 約1年 |
| DDで分かっていたこと | Joyouについての情報が少ないこと | (公表資料に記載なし) | 実地棚卸の未実施、過年度の多額の修正、経理体制とガバナンスの課題 |
| 買い手側の課題 | DDで確認できなかった事項を、買収後に速やかに確認しなかった。統合作業の責任の所在が曖昧だった | 海外での買収のリスク認識が不十分で、必要な情報を十分に入手できなかった。取得時の会計処理の具体的な手続きがなかった | DDで把握された課題を踏まえた追加の確認がなく、課題を誰が追いかけるかも明確でなかった |
注:「買い手側の課題」は、早期に発見・是正できなかった背景として、各社または調査委員会が挙げた管理・確認上の課題。出典:各社の開示と調査報告書(注4〜注7)
2-2. LIXIL:確かめられなかったことが、確かめられないまま残った
LIXILは2013年、日本政策投資銀行と共同で、ドイツの水栓金具大手GROHEの株式87.5%を取得することを決めました(取得価額は約3,816億円の予定)(注4)。GROHEは、中国で事業を営み、ドイツ市場に上場していたJoyouの株式の72.3%を間接的に保有していました。
DDは、競売方式の入札の中で約1か月半行われ、情報の入手には制約がありました。LIXILの関心は直接の買収対象であるGROHEに向いており、Joyouについては情報が少ないと報告されていたものの、ドイツの証券取引所の上場企業で監査を受けていたことに依拠していました。一方、GROHE自身は、2009年にJoyouに投資した段階で、内部統制や財務報告の体制が十分でないことを示す情報を受け取っていました。しかし、そのDDの結果は、LIXILの買収の過程で提供されていませんでした。
2014年1月の取得後、LIXILは同年3月に外部の会計事務所を起用して、クロージング後のDDを手配しました。しかし、情報共有に関する法的な制約への対応や、Joyou側の手続きのために、Joyouでの作業が始まったのは同年11月頃でした。その後も作業は進まず、2015年4月にJoyouが連結子会社になった約2週間後、中国の銀行からの書簡をきっかけに、簿外の債務が明らかになりました。
Joyouは翌月に破産を申し立てました。LIXILは、Joyouの香港持株会社の借入について、不正の発覚後の2015年5月に、貸し手の邦銀3行の求めに応じて保証を差し入れることを決め、これに関して最大330億円程度の特別損失を見込むと公表しました。
LIXILは、DDで確認できなかった事項を買収完了後に速やかに確認すべきであったと自ら総括し、統合作業の役割分担と責任の所在が曖昧だったことも挙げています。再発防止策には、新規の買収先にクロージング後ただちに統合作業の責任者を派遣することや、多額のM&Aを取締役会の決議事項にすることが含まれています。
LIXILの事例は、責任者を置くだけでは足りないことも示しています。クロージング後のDDは手配されていました。しかし、必要な情報にアクセスできず、確認が進まないまま時間が過ぎました。
2-3. イオンフィナンシャルサービス:PMIで見つけた
イオンフィナンシャルサービスは、2023年10月にベトナムの銀行SeABankと、同行の子会社であるPTF(Post and Telecommunication Finance)の持分譲渡契約を結び、2025年2月に持分の取得を完了して連結子会社にしました(注5)。PMI(買収後の統合作業)を進める過程で、取得前のPTFで不適切な会計処理(貸倒引当金の過少計上)が行われていたことが判明し、同年6月6日に公表しました。その後、のれんを含めて過年度の決算を訂正しています。
同社は、契約締結前に開示された情報に実態と大きく乖離する会計情報が含まれていたとして、売主のSeABankに契約の無効を主張し、契約締結にかかる費用の返還や損害の賠償なども求めるとしています。また、同社の社内規則では、買収時に相手の内部管理の態勢を確認することになっていましたが、海外での買収に対するリスクの認識が不十分で、必要な情報を十分に入手できていなかった、と説明しています(注6)。PMIが問題の発見につながった例ですが、それはクロージングの後でした。
2-4. アークランズ:DDは課題を見つけていた
アークランズは、2025年6月にペット事業のペッツファーストホールディングス(PFH社)の全株式を65億円で取得しました(注7)。2026年6月、PFH社の経理担当者が会計システムに基づく数字で報告を作ったことをきっかけに、当時のCFOの指示で、親会社への報告に会計システムとは異なる数字が使われていたことが分かりました。
特別調査委員会の報告書によれば、財務・税務DDは期間の制約から範囲が限られ、グループ8社のうち2社を対象に、資料の閲覧と質問による簡易な調査として行われました。それでもDDは、全社一斉の実地棚卸が行われていないこと、過年度に多額の修正があったこと、経理体制の強化が必要なこと、ガバナンスが十分に機能していない可能性があることを指摘していました。
ところが、DDで把握された課題の改善状況を誰が責任をもって追いかけるかは、明確ではありませんでした。親会社による確認は報告書類の間の整合性を見るもので、会計システムの数字との突合まではしていませんでした。報告の数字自体が既報値に合わせて作られていたため、整合性の確認では見つからない構造でした。
調査委員会は、不正の直接の原因は当時のCFOの判断と指示にあるとしたうえで、早期に発見できなかった背景として、DDで課題が把握されていた子会社に対する追加の確認がなかったことを挙げています。アークランズは2026年10月13日、取締役会で再発防止策を決議しました。PFH社のPMIを改めて実施し、改善の担当者と対応時期を明確にして経営会議と取締役会に報告すること、新規の連結子会社などリスクの高い子会社には会計システムの数字との突合などの追加の確認を行うことに加え、今後のM&Aでは、DDで把握された課題への対応を買収時点で把握・共有し、買収直後から実施する改善策を明示的に策定する、としています(注8)。
2-5. 3つの事例から考えること
3つの事例は、時期も業種も規模も異なります。それでも共通して言えるのは、DDで完結させず、買収後も情報を取得し、検証し続ける必要がある、ということです。LIXILでは銀行からの書簡が、イオンフィナンシャルサービスではPMIが、アークランズでは子会社の経理担当者の報告が、それぞれ問題の発見につながりました。いずれも、クロージングの後のことです。なお、LIXILはクロージング後のDDを手配していましたが、その作業が進まないうちに、外部からの通知で不正が明らかになりました。
そのうえで、LIXILとアークランズの2つの事例には、さらに重なる点があります。DDで確認できなかった事項や、DDで把握していた課題を、買収後の確認や改善に確実につなげられなかったことです。LIXILは「確認できなかった事項を買収後に速やかに確認すべきだった」と総括し、アークランズは「買収時に認識されていた課題を踏まえた確認が不十分だった」と認めました。11年を隔てて、同じ教訓が書かれています。
3. DDで、何を確かめるか
3-1. 財務報告と、それを担う人を確かめる
3つの事例は、いずれも財務報告の不正でした。数字そのものに加えて、その数字がどのように作られているかを確かめる必要があります。会計システムの数字から報告書類まで、どこで人の判断や手修正が入るのか。月次決算の締めはどのように管理されているのか。
そして、その数字を作る人です。研究で取り上げられた事例の一つでは、買収した子会社の経営者が犯罪の嫌疑で逮捕されたことが、粉飾の発覚の端緒でした(注1)。その調査報告書は、特に海外の会社の買収に先立っては、経営者の経歴や評判などの背景情報を可能な限り調査することが望ましいとしています。LIXILも再発防止策として、買収対象のバックグラウンドや人物評価に焦点を当てた調査を挙げています(注4)。
3-2. 「確かめられなかったこと」を、買収の判断の材料にする
DDの重要な成果物の一つは、確かめられなかったことの一覧です。どの会社を対象外にしたのか。どの資料が入手できなかったのか。どの説明を、裏付けなしに受け入れたのか。
アークランズの事例では、DDで未実現利益の存在が把握されなかった経緯について、DDを担当した会社がインタビューで聞き取ったのは当時のCFO一人で、その説明に依拠していたことが分かっています(注7)。範囲が限られることは、DDの性質上避けられません。
問題は、その一覧を誰が見て、どう判断するかです。確かめられなかった事項ごとに、次の3点を記録することを提案します。
- 未確認のまま取得することで、どのリスクが残るか
- そのリスクを、誰が了承したか
- 買収後に確認できる見込みがあるか。そのための権限やアクセスを確保できるか
この記録をもとに、買収後に確認を回してよい事項と、買収前に確認できなければ条件の見直しや見送りを検討すべき事項を分けます。LIXILの事例が示すように、買収後に確認するつもりでも、情報にアクセスできなければ確認は進みません。買収後に回すという判断には、買収後に確認できるという見通しが必要です。
3-3. シリーズの論点にも、同じ考え方を当てはめる
3つの事例が直接示しているのは、財務報告とその確認の問題です。ただ、「DDで確かめられなかったことを記録し、買収後の確認に引き継ぐ」という考え方は、本シリーズで扱ってきた守りの論点にも当てはまると、私たちは考えています。
── 図表2:シリーズの論点を、DDの確認項目に加える ──
| シリーズの論点 | DDで確かめること |
|---|---|
| データ(第1回) | どの個人データを、何のために、いつまで持っているか。退会者や取引終了先のデータは残っていないか。過去の漏えい事故と、そのときの対応 |
| 委託先(第2回) | 重要な業務とデータを、どの委託先に任せているか。委託先の管理を誰が担っているか |
| AI(第3回) | 業務に組み込まれているAIと、それぞれに許している操作の範囲。AIに渡しているアカウントや権限 |
| 有事(第4回) | 止める判断、再開する判断、補償の判断を、誰が担う体制か。過去の事故で、どう判断したか |
出典:カタリス作成
これらの論点でも、DDで確かめきれないことは必ず残ります。その場合も、何が確かめられなかったかを記録し、買収後に誰が確かめるかを決めておくことが出発点になります。
4. 買収前に決め、引き継いだ後に実行すること
4-1. クロージングの前に準備しておくこと
シリーズで提案してきた3つの枠組みを、買収後の最初の期間に当てはめます。これらは、クロージングの後に考えるものではなく、クロージングの前に準備しておくものです。
── 図表3:買収前に決め、引き継いだ後に実行すること ──
| 共通の枠組み | 定めること |
|---|---|
| ① 判断の対象と基準 | DDで分かった課題と、確かめられなかった事項のうち、何を買収後に追いかけるか。追加の確認として何をするか(例:会計システムの数字を親会社が直接入手して突合する) |
| ② 決定者と権限 | PMIの責任者は誰か。DDの課題ごとに、改善を追いかける担当は誰か。担当者が必要な資料やシステムにアクセスできるか。情報提供が進まない場合に、いつまでに誰に上げるか |
| ③ 見直しと報告の条件 | 追加の確認の期限と、終了に必要な確認事項。終了を提案する人と、通常の管理への移行を承認する人。期限までに条件を満たせない場合に、誰に、何を報告するか。どの条件で取締役会に報告するか |
出典:カタリス作成
4-2. 責任者と、確認できる権限を、クロージングの日に
PMIの責任者は、クロージングの後に探すのではなく、クロージングの日には決まっている必要があります。そして、その責任者に渡すものが、DDの「確かめられなかったことの一覧」と、それぞれのリスクを誰が了承したかの記録です。
ただし、LIXILの事例が示すように、責任者がいても、必要な情報にアクセスできなければ確認は進みません。子会社の会計システムや重要な資料へのアクセスを、買収契約や買収後の取り決めの中で確保しておくこと。そして、確認が予定どおり進まないときに、いつまでに、誰に判断を上げるかを決めておくことが必要です。
4-3. 追加の確認は、期限と終了の条件をセットで定める
買収した子会社に、親会社と同じ水準の管理を最初から求めることはできません。移行期間は必要です。だからこそ、その期間に何を追加で確かめるのかを決め、いつまでに終えるのかという期限と、終えるために何が確認できている必要があるのかという条件を、セットで定めておきます。
架空の例で考えてみます。DDで、対象会社が全社一斉の実地棚卸をしておらず、在庫の帳簿の数字が実態と合っているか確かめられなかったとします。実際の条件は、対象会社の規模や在庫の性質、想定される差異の重要性に応じて決めることになりますが、たとえば次のような形です。
- 期限:買収後の最初の決算期末まで
- 確認すること:主要な拠点で実地棚卸を行い、親会社の担当者か外部の専門家が立ち会う。帳簿との重要な差異について原因を調べ、必要な修正と再発防止策を確認する。修正は、子会社の取締役会と親会社の担当役員が承認する
PMIの責任者は、これらが確認できたら、その結果とともに通常の管理への移行を提案します。移行を認めるのは、あらかじめ指定した承認者(たとえば親会社の財務担当役員)です。その判断は、取締役会にも報告します。
期限までに条件を満たせなかった場合は、期限が来たことだけを理由に確認を終えません。その理由と残るリスクを経営会議に上げ、確認の延長や方法の見直しを判断します。期限がなければ確認はいつまでも終わらず、条件がなければ、期限が来たことだけで終わってしまいます。両方をそろえておくことで、確認を終える判断にも、続ける判断にも、根拠が残ります。
4-4. 内部通報の窓口は、初日から開く
アークランズの事例では、親会社の内部通報制度は、買収後すぐにはPFH社の役職員に開かれていませんでした(注7)。調査委員会は、通報制度が周知されていれば、より早期に発見・是正された可能性があると指摘しています。LIXILも、海外の子会社では内部通報制度の周知が十分ではなかったことを挙げています(注4)。
財務責任者自身に疑義があるとき、子会社の担当者は誰に相談すればよいのか。その経路を買収の初日から開いておくことは、追加の確認と並ぶ、もう一つの「目」になります。
4-5. 補償や保険で、買収後の確認は代替できない
買収契約の表明保証に基づく補償や、表明保証保険は、買収後に問題が見つかったときに損失を回収する手段です。しかし、それだけで買収後の確認を代替することはできません。表明保証保険は、DDが行われていない会社や、資料不足でリスクを判断できない項目を、対象から外すのが通常とされています(注1)。
4-6. 中堅・中小企業の事業承継では
ここまでの事例は、いずれも上場会社によるものでした。中堅・中小企業の事業承継では、買い手の側にも、引き継ぐ会社の側にも、専任のPMI部署を置かずに進める場合もあります。その場合は、少ない人数で役割を分けます。
買い手の責任者は一人に決めます。責任者は、確かめられなかった事項の一覧を持って追加の確認を進め、条件を満たしたら終了を提案し、進まない場合は判断を上げます。通常の管理への移行を認めるのは、買い手の経営者など、あらかじめ指定した承認者です。引き継ぐ会社の経理担当者は、日々の数字を作る立場から、会計システムの数字を買い手に直接共有します。そして、疑問があれば責任者に直接相談できるようにしておきます。外部の会計士や税理士には、棚卸の立会いや数字の突合のように、期間と範囲を決めて確認を依頼します。
また、オーナーに判断や情報が集中している場合には、引き継ぐ前に、少なくとも次の点を確かめておきます。
- 預金口座やネットバンキングの権限、印鑑を、誰が管理しているか
- 主要な取引先と、口頭で交わした約束はないか
- オーナー個人と会社の間に、貸し借りや資産の利用はないか
- 個人保証や担保、許認可の名義はどうなっているか
- 業務システムのIDやパスワード、管理者権限を誰が持っているか。引継ぎ後に、アカウントの変更や権限の付け替えを誰が行うか
オーナーが一定期間、経営に残る場合は、その期間に何を引き継ぎ、いつ手を離れるのかも、あらかじめ決めておきます。オーナーしか知らないことは、退任後には確認が難しくなることがあるからです。
5. 取締役会が確かめること
取締役会は、買収を承認するときに、買収価格やシナジーとあわせて、次の点を確かめることができます。DDで確かめられなかったことは何か。そのリスクを誰が了承したのか。それを買収後に誰が、いつまでに確かめるのか。そのための権限は確保されているか。
そして、買収の後には、定期的な報告を通じて、DDの課題の改善状況、追加の確認の結果、通常の管理に移った時期とその判断の根拠を確かめます。研究で取り上げられた事例でも、主な原因として取締役会での検討の欠如が挙げられ、再発防止策として多額のM&Aを取締役会の決議事項にした会社がありました(注1)。買収を承認することと、買収の後を確かめることは、取締役会にとって一続きの責任です。
結論
M&Aでは、問題はしばしば買収の後に見つかります。比べた3つの事例から言えるのは、DDで完結させず、買収後も情報を取得し、検証し続ける必要があるということです。そして、LIXILとアークランズの事例では、DDで確認できなかった事項や把握していた課題が、買収後の確認や改善に確実につながりませんでした。11年を隔てて、同じ教訓が書かれています。
本稿の提案は、DDで確かめられなかったことについて、残るリスクと、それを了承した人と、買収後に確認できる見込みを記録し、買収後に回してよい事項と、買収前に判断すべき事項を分けることです。そのうえで、PMIの責任者、確認に必要な権限、追加の確認の期限と終了の条件、そして通常の管理への移行を承認する人を、クロージングの前に定めておきます。
結びに
カタリスは、経営コンサルティングに加えて、事業承継投資を手がけています。会社を引き継ぐことは、私たち自身の仕事です。DDで何を確かめ、何を確かめられなかったのか。そのリスクを誰が引き受け、引き継いだ後に誰が、いつまで確かめるのか。本稿で取り上げた事例の教訓は、私たち自身が引き継ぐ側として向き合うべきものだと考えています。
【注釈】
(注1)渡辺樹一・西谷敦「被買収会社の粉飾決算と子会社ガバナンス(前編)」「同(後編)」(BUSINESS LAWYERS、2018年8月23日)
(注2)金融庁「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準」(2023年4月7日)93頁「(6) 評価範囲の制約」金融庁サイト(PDF)
(注3)SPEEDAで検索した内部統制報告書(2019年1月〜2026年10月)による
(注4)LIXIL「株式会社LIXILがGROHE Group社の株式を取得」(2013年9月26日)、LIXILグループ「Joyou問題に関する再発防止策の進捗状況について」(2016年1月18日)IR BANK(保存版PDF)
(注5)イオンフィナンシャルサービス「当社連結子会社となった Post and Telecommunication Finance Company Limited(ベトナム)にかかる持分取得買収前の不適切な会計処理の発覚について」(2025年6月6日)同社サイト(PDF)
(注6)イオンフィナンシャルサービス「財務報告に係る内部統制の開示すべき重要な不備及び内部統制報告書の訂正報告書に関するお知らせ」(2025年7月31日)同社サイト(PDF)
(注7)アークランズ「特別調査委員会の調査報告書の受領及び公表並びに決算発表に関する今後の日程に関するお知らせ」(2026年10月2日)および添付の調査報告書(概要版・公表版)、同「内部統制報告書の訂正報告書」(2026年10月13日提出)同社サイト(PDF)
(注8)アークランズ「再発防止策に関するお知らせ」(2026年10月13日)同社サイト(PDF)
連載:守りのガバナンス
- 総論:その判断は、誰が担うのか——部門をまたぐリスクと「守りのガバナンス」
- 第1回:そのデータは、いつまで必要か——個人情報漏えいから考える「データ負債」
- 第2回:何を、どこまで任せるか——委託先リスクと「守りのガバナンス」
- 第3回:AIに、何を許すか——AIの実行権限を、経営はどう管理するか
- 第4回:何を、いつまでに決めるか——情報漏えいの有事と経営の判断
- 第5回:何を、引き継ぐのか——M&Aと事業承継における守りの判断
- 第6回:何を、確かめるのか——守りの判断と取締役会



