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ASEAN市場における「ポスト・減塩減糖」の成長戦略 ~経済発展が招く「新型栄養失調」と、高機能素材による解決アプローチ~

【はじめに】

ASEAN主要国(特にタイ、ベトナム、インドネシア)は、かつての「安価な生産拠点」から「巨大な消費市場」へと完全に変貌を遂げました。しかし、急速な経済発展と食の欧米化は、深刻な社会課題を生み出しています。それが「過栄養(カロリー過多)」と「微量栄養素不足」が同時に進行する「栄養の二重負荷」(注1)です。

現地の食品・飲料業界では、これまで政府主導の規制対応として「減塩・減糖・低カロリー」といった「引き算(マイナス)」の商品開発が主流でした。しかし、これらの市場は既にコモディティ化し、価格競争が激化しています。

本レポートでは、グローバルなフードサイエンスの潮流と現地消費者インサイトに基づき、次なる成長市場を「足し算(プラス)」の健康ソリューションに見出します。特に、代謝改善や栄養吸収効率を高める「機能性素材」を持つB2Bメーカーにとって、なぜ今がASEAN進出の好機なのか、その論拠を整理します。

【第1章】ASEANの「栄養の二重負荷」と市場の歪み

1. 所得向上と肥満のパラドックス

ASEAN諸国、とりわけタイとマレーシアにおいては、生活習慣病(NCDs)の増加が国家的な危機レベルに達しています。タイでは、最新の全国健康調査(NHES VI, 2019–2020)において成人の約4割(BMI≧25 kg/m²)が肥満と分類されており(注2)、マレーシア等と並び東南アジアで肥満有病率の高い国の一つとなっています。

ここで注目すべきは、単にカロリーを摂りすぎているだけでなく、身体の代謝機能が低下している「代謝異常型の肥満」が急増している点です。炭水化物(米・麺・砂糖)中心の食生活に、運動不足と加工食品の脂質過多が重なり、糖尿病予備軍が若年層にまで広がっています。

一方で、高齢化のスピードも日本に追随する勢いです。タイは 2023 年時点で 60 歳以上人口が20%を超え、「高齢社会(aged society)」に分類されており(注3)、「長生きはするが、健康ではない期間が長い」という課題が顕在化しています。これにより、市場には「若年層のメタボ対策」と「高齢層の虚弱対策」という、二つの巨大なニーズが同時に発生しています。

2. 消費者意識の変容:予防への投資

中間所得層以上の消費者マインドは、「病気になってから薬で治す」対処療法から、「日々の食事で未病を防ぐ」予防へと劇的にシフトしています。

現地の消費者調査(弊社プロジェクト等のヒアリングベース)では、単に「痩せたい」というニーズ以上に、「疲れにくい体が欲しい」「仕事のパフォーマンスを上げたい」という「コンディション管理」としての食への関心が高まっています。彼らは、従来の「味が薄くて美味しくない健康食品」には満足しておらず、多少高くても「美味しくて、かつ体に明確なメリットがある食品」を求めています。

3. 加工食品市場の「空白地帯」

しかし、現地の加工食品市場を見渡すと、このニーズに応える商品は驚くほど少ないのが現状です。

  • 低価格帯: 糖質と低品質な脂質が多く、嗜好性は高いが健康リスクがある。
  • 高価格帯(輸入健康食品): 極端なオーガニックやヴィーガン製品が多く、一般層には味が馴染まない、または高価すぎる。

この「手軽で美味しいが、健康機能が実装されている加工食品」という空白地帯(ホワイトスペース)こそが、日本の素材メーカーが技術力で埋めるべき市場です。現地の食品メーカーは、「美味しくて健康」を実現するための「機能性マテリアル」と「処方技術」を喉から手が出るほど欲しているはずです。

【第2章】「引き算」の限界と、「脂質クオリティ」の再評価

1. 「減塩・減糖」ブームの弊害と限界

過去数年、ASEAN各国政府は砂糖税やナトリウム規制を導入・検討し、食品メーカーはこぞって「マイナス訴求」の商品を投入しました。しかし、これには大きな弊害がありました。

味の骨格となる糖や塩、そしてコクを生む脂質を減らした結果、「味気なさ(物足りなさ)」が課題となったのです。これを補うために人工甘味料や増粘剤などの添加物を使用すれば、今度は健康意識の高い層から「クリーンラベル(無添加・低加工)」の観点で敬遠されます。「何かを減らす」だけのアプローチは、味覚面でもマーケティング面でも限界を迎えており、現地の食品開発現場は閉塞感を持っています。

2. グローバル・トレンド:「Low Fat」から「Quality Fat」へ

欧米の先進的な栄養学トレンドは、既に「低脂質(Low Fat)」の時代を終え、「脂質の質(Quality of Fat)」を問う時代へと移行しています。脳の大半は脂質で構成されており、ホルモンバランスや細胞膜の形成に良質な脂質が不可欠であることが、一般消費者レベルでも認知され始めています。

ASEAN市場においても、ケトジェニックダイエット(糖質制限)の影響や、MCT(中鎖脂肪酸)のような機能性成分の認知拡大に伴い、「脂質は敵」という単純な図式が崩れ始めています。「太る原因は『カロリーとしての油』だが、健康に必要なのは『機能としての脂質』である」という啓蒙が進む中、素材メーカーには「エネルギーの質を変える」提案が求められています。

3. 高機能素材が担う「デリバリーシステム」としての価値

ここでの最大のビジネスチャンスは、脂質を単なる「調理用媒体」や「熱量源」として売るのではなく、「生体調節機能を持つアクティブ成分」として、あるいは「栄養素のデリバリーシステム」としてB2B提案することにあります。

  • 代謝エンジンの切り替え: 食べた後、素早くエネルギーに変換され、体脂肪として蓄積されにくい特性を持つ機能性脂質。これは、肥満大国となりつつあるタイやマレーシアにおいて、炭水化物に代わる「クリーンなエネルギー源」として強力な訴求力を持ちます。
  • ニュートリション・ブースター: ASEANで不足しがちな脂溶性ビタミン(ビタミンA, D, E, K)や、トマトのリコピン、ウコンのクルクミンなどの有用成分は、良質な脂質と共に摂取することで吸収率が劇的に向上します。

現地の食品メーカーに対し、「御社の野菜チップスや飲料に、弊社の機能性素材を〇%配合することで、ビタミン吸収率を謳える『高付加価値商品』にリブランディングしませんか?」という提案は、単なる原料供給以上のパートナーシップを生み出します。これこそが、価格競争に巻き込まれない「技術売り」の本質です。

【第3章】ターゲットとなる3つの「隠れた健康課題」とソリューション

ASEAN市場において、高機能素材が最も高い付加価値(プレミアム価格)を発揮できる領域は、以下の3つの「隠れた健康課題」に集約されます。これらは、現地の一般的な食品メーカーが技術的に解決できていないボトルネックであり、素材メーカーの参入余地が大きい分野です。

1. メタボリック・マネジメント(抗肥満・抗糖尿病)

タイやマレーシアでは、糖質過多な食生活により食後血糖値の乱高下(スパイク)が日常化しています。しかし、現地の食文化である「米・麺」を止めることは困難です。ここで求められるのは、「主食を変えずに、代謝を変える」アプローチです。

  • エネルギー代謝の加速: 摂取後、肝臓で素早く分解され、熱エネルギーとして消費される脂質素材などは、現地の甘いコーヒー飲料やスナック菓子への添加に最適です。「食べても体に溜まりにくい」という機能性は、カロリーを気にする中間層に強力な免罪符を与えます。
  • 血糖ケアのパートナー: 食後血糖値の上昇を緩やかにする難消化性成分や、インスリン感受性に関与する植物由来成分を、脂質マトリックスに組み込んで提供する技術。これを現地のインスタント麺やベーカリー製品の「練り込み用素材」としてB2B提案することで、一般食品を「機能性食品」へとアップグレードできます。

2. ヘルシーエイジングと認知機能(Brain Health)

急速に高齢化するタイでは、認知症予防や高齢者の低栄養が社会問題化しつつあります。 脳のエネルギー不足(グルコース代謝の低下)が認知機能低下の一因とされる中、「脳の代替エネルギー源」となりうる機能性脂質の需要が、介護食やシニア向けサプリメント市場で急拡大しています。

また、嚥下機能が低下した高齢者には、少量で高カロリーを摂取できる「高栄養密度(Energy Dense)」な食事が不可欠です。しかし、単に油を足すだけでは消化不良を起こします。消化吸収性が高く、かつ酸化安定性に優れた素材を用いることで、少量でも効率よく栄養を補給でき、かつ喉越しの良い(嚥下しやすい)流動食やゼリーの開発が可能になります。ここは、日本の高度な「乳化・分散技術」が生きる独壇場です。

3. 美容とインナーケア(Edible Beauty)

アジア全体でも、サプリメントと食品の境界に位置する「ニュートラコスメ」「インナーケア」市場は年々拡大しており、タイ・ベトナムの都市部女性を中心に「食べてきれいになる」コンセプトへの受容性が高くなってきています(注4)。

ここでは、美容成分としての価値を提案します。コエンザイムQ10、アスタキサンチン、ビタミンEなどの抗酸化成分は、良質な脂質ベースと共に摂取することで生体利用率が向上します。「飲む美容液」としての植物性ミルクや、美容成分強化型のドレッシングなど、コスメティックと食品の境界線(コスメフード)を狙ったB2B素材供給は、高単価取引が期待できる有望なニッチ市場です。

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【第4章】現地法規制と「機能性表示」の勝ち筋

技術的に優れた素材であっても、現地で「効能」を謳えなければコモディティ(汎用品)として買い叩かれます。ここでは「制度」を味方につける戦略を提示します。

1. 各国の規制動向と「お墨付き」の活用

ASEAN各国は、生活習慣病対策として「分かりやすい表示制度」を導入しています。

  • タイ「Healthier Choice Logo」: 砂糖・脂質・ナトリウムが基準値以下の製品に付与されるロゴ。
  • シンガポール「Nutri-Grade」: 飲料の糖分・飽和脂肪酸量に応じたグレード表示。

既存の安価な原料の一部を、「機能性素材」に置き換えることで、「味を落とさずに栄養プロファイルを改善し、ロゴ取得やグレードアップを支援する」というコンサルティング型の営業が可能になるからです。

2. トランス脂肪酸規制と「高安定性」ニーズ

タイやシンガポールではトランス脂肪酸が禁止されており、周辺国も追随しています。現地の加工メーカーは、トランス脂肪酸フリーでありながら、加工適性(サクサク感の維持、酸化安定性)が高い代替素材を探し続けています。ここで、日本の高度なエステル交換技術や結晶制御技術を用いた素材は、単なる「代替品」ではなく「高機能なプロセス改善材」として高く評価されます。

3. エビデンス・マーケティングの現地化

日本のトクホ等のデータをそのまま翻訳しても、現地バイヤーには響きにくい場合があります。「日本人だから効くのではないか?」という疑念があるためです。勝ち筋は、現地のアカデミア(マヒドン大学やチュラロンコン大学など)との共同研究です。「タイ人を対象とした摂取試験」でデータを取得し、現地の学会で発表する。このプロセスを経ることで、その素材は「日本のもの」から「アジア人のための科学的ソリューション」へと昇華され、現地大手食品メーカー(CPグループ等)への採用ハードルが一気に下がります。

【結論】日本企業がとるべき次のアクション

ASEAN市場は、もはや「余った製品の輸出先」ではありません。経済成長と共に「健康への渇望」が爆発する、世界で最もエキサイティングな「機能性素材の実験場」です。

国内市場で培った高度な技術、機能性脂質の知見等は、現地の「新型栄養失調」を解決する強力な武器となります。しかし、それを「単なる素材」として売っていては勝機はありません。

推奨されるネクストステップは以下の通りです。

  1. 「アプリケーション開発センター」の現地化: 素材単体を見せるのではなく、現地の食文化(例:スパイシーなタレ、ココナッツミルクベースのデザート)に、自社素材をどう組み込めば「美味しく、機能的になるか」を具体的に提示できる試作ラボを現地に設置(または現地パートナーと提携)すること。
  2. B2Bブランディングの転換: 「インテル・インサイド」や「ゴアテックス」のように、最終製品のパッケージに「この機能性素材が入っているから健康に良い」と記載されるような、成分ブランディング(Ingredient Branding)を目指すこと。

日本の技術が、ASEANの人々の健康寿命を延ばす。そのストーリーを描き、現地の食品メーカーと共に市場を創造する「共創パートナー」としての地位を確立してください。


(注1) THE WORLD BANK「ADDRESSING THE DOUBLE BURDEN OF MALNUTRITION IN ASEAN」より

(注2) Health Systems Research Institute (HSRI), Thailand
The 6th National Health Examination Survey (NHES VI) 2019–2020(成人の BMI≧25 の割合:男性 37.8%、女性 46.4%)

(注3) Department of Older Persons / National Statistical Office / NESDCより

(注4) Asia Beauty & Wellness Market 2025


本レポートのその他参考ソース

  • UNICEF-WHO-World Bank: Joint Child Malnutrition Estimates – 2021 edition interactive dashboard
  • Health Systems Research Institute (HSRI), Thailand, The 6th National Health Examination Survey (NHES VI) 2019-2020
  • Noncommunicable Diseases (NCD) Country Profiles 2018
  • Department of Older Persons, Ministry of Social Development and Human Security (Thailand)[ Statistics on the Elderly in Thailand]
  • Mintel Group Ltd. [2024 Global Food and Drink Trends]

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